FishTech - Photographs of Fishing Techniques
漁業技術の画像集・FishTech


著作者/水産大学校名誉教授・理学博士 前田弘
Compiled by Emeritus Prof. Hiroshi Maeda, Fisheries College, Shimonoseki, Japan

協力者/水産大学校助教授 深田耕一
in collaboration with Asst. Prof. Koichi Fukada, Fisheries College, Shimonoseki, Japan


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    第 1 部
    14 刺 網
    11 刺 網
    11−13 流 網(ナガシアミ)




     流網は魚をできる限り高速で網に当たるようにするために、魚に認識できにくいそうな材料で構成され、 網に張力がかからないように仕立られる。また認識しにくい色に染められる。

     上端付近で主に漁獲される。浮力が部分によって不均一になって、網の目が変形することを避けるために、 浮子縄には比較的長い浮子を多数つける。沈子は、網が垂直に保たれるだけにし、小さく少ない。

     日本では大規模なものとしてサケ・マス流網があったが、現在では沿岸を除き、ほとんどなくなった。 その技術と人材を転用して「大目流網」と「イカ流網」が開発されたが、国際世論によって、 これらも消滅した。このフォールダには’73年に根室において撮影した基地根拠のサケ・マス流網漁船と、 ’95年に気仙沼において撮影した沿岸流し網漁船の写真と、’80年代半ばに石巻において撮影した大目流網と 考えられる漁船、’75年頃に岡山県の日生において撮影したサワラ流網の写真を示す。しかし、 これらはいずれも偶然撮影できたもので、それぞれの漁業を代表させるには不充分である。

    No.1
    [No.1: ft_image_14_11_13/image006.jpg]

    No.2
    [No.2: ft_image_14_11_13/image001.jpg]

    No.3
    [No.3: ft_image_14_11_13/image008.jpg]

    No.4
    [No.4: image_14_11_13/image003.jpg
    image003から縮小画像作成のこと]

    No.5
    [No.5: ft_image_14_11_13/image004.jpg]

    No.6
    [No.6: ft_image_14_11_13/image010.jpg]

    No.7
    [No.7: ft_image_14_11_13/image012.jpg]

    No.8
    [No.8: ft_image_14_11_13/image014.jpg]

    No.9
    [No.9: ft_image_14_11_13/image016.jpg]

    No.10
    [No.10: ft_image_14_11_13/image018.jpg]

    No.11
    [No.11: ft_image_14_11_13/image020.jpg]

    No.12
    [No.12: ft_image_14_11_13/image022.jpg]

    No.13
    [No.13: ft_image_14_11_13/image024.jpg]

    No.14
    [No.14: ft_image_14_11_13/image026.jpg]

     No.1は’73年の7月初めに北洋において見かけた操業中のサケ・マス流し網漁船である。漁場は霧が かかりやすいが、この時期には高緯度では日没が遅いのでまだ薄暗く、辛うじて撮影できた。投網を終わり、 夜明けにはじまる揚網地点付近で流していた。すなわち、網は投網を終わっているので、船上にないが、 かなり船足は入っている。

     No.2からNo5までは、’73年に根室において撮影した。当時、この漁業は「かけまわし」とともに、 この地方における代表的な漁船漁業であった。したがって、小型の鉄船が使われる。当時としては、 投揚網設備は整っていた。

     左舷船首楼の後にあるネットホーラ(No.11に示す)によって沈子縄が前の方から揚げられ、 浮子縄が船橋寄りから揚げられる。そのために、ボールホーラが取り付けられたが(No.6からNo.9までに見られる)、 それはこの写真では示せなかった。したがって、網は水平に広げて揚げられる。揚げながら漁獲物を外す。 外し易く、しかも揚網中に網目から外れた魚を落さないようにするために、揚がってくる網の上で魚の 頭が下を向くように、魚の遊泳方向を考えて揚網方向は決められる。(同じ刺網でも、漁獲量が多い 底刺網であるニシンの刺網では、右舷の前の方から揚げられ、浮子縄が前、沈子縄が後になるように 揚げられるので、魚は頭が上になる方向から刺っている。ニシンは、群になってかかるので、 1尾ずつ外せないが、傷みが早いので、揚がってきた網を「網叩き機」で漁獲物を落す)

     左舷から揚網する船は、操船しにくいが、表層の刺網(流網)では、浮子の列や途中にある標旗の列を たどれるので、網に張力をかけずに網を揚げられるように操船できる。この際網に船が乗り上げないように、 左前方から風を受けながら、網を揚げる。しかし、底刺網の場合、網はほぼ直下から揚がってくる。 船を前進させてたるんだ部分を揚げる。揚網中の船の相対位置が適当でない場合、網は海底を曳かれ、 大きな力がかかる。しかし、設置方向の目印は海面上にはない。したがって、微妙は操船が要求される。 揚網速度は遅いので、右舷前方から風を受け、投網コースに従って揚網する。

     同じく長い網を揚げるのに、流網では左舷がわから、底刺網では右舷側から揚げる習慣の違いは、 主にこのためである。和船の習慣の強い地方では左舷がわで網を扱い、右旋単暗車の船を扱う習慣が強い 地方では右舷がわで網を扱うことも影響する。一般に流網では左舷から、底刺網では右舷から揚げることが多い。

     左舷船首付近で揚がってきた網は、次の投網に備えて、船首楼に沿って右舷の方に回され、No.2とNo.3に 示すように網を誘導するラッパとそれに続く太いパイプを通って船尾に送られる。この網を送る太いパイプは 沿岸の刺網漁業でも普及した。



     船尾に送られた網は、No4とNo.5に示すガントリーシステムと、浮子側と沈子側を掴むボールホーラによって 広げて積まれる。この作業は普通は1人か2人で行われる。網の小さな修理は揚網中に行われる。

     No.4は船尾の写真である。白く横に長い紡錘型のものは自由に回転する木製のローラで、網はその上を走り、 航走に従って投入される。投網中には、左右の張出に長い竿を持った乗組員が1人ずつ立ち、投網中に 網がかかると素早く外す。

     No.6からNo.11までは、気仙沼において’95年に撮影した流し網漁船の写真である。沿岸のサケの流網漁船 である可能性が強い。

     No.6に示す船は小型であるがNo.2に示した船とよく似ている。(2隻が縦に並んでいるので、 区別しなければならない。)先に示した写真の20年後に撮影した。船橋のアンテナが増えたことが目立つ。 すなわち、この20年間に流網漁船に対しても位置情報を得る機器と通信機器が普及した。沈子綱を揚げる ネットホーラが見られる。船橋の前には浮子側を挟んで揚げるボールホーラが見られる。これは前の写真と 撮ったときにも付けられていたはずであるが、差し板の陰になって写真として示せなかった。揚げられた網を 処理する船尾のガントリシステムはこの20年間にあまり変化していない。

     No.7とNo.8によれば、船橋の上に操船と見張をできる設備がもう一段あり、その上にサーチライトがある。 これらは、サケ流し網には必要でないと考えられる。サンマ流網の可能性が考えられるが、効率がよい 棒受網とは共存できないだろう。沈子綱を揚げるネットホーラを示す。その右にマグロ延縄で使う枝縄 巻き取り機のような装置が見られる。この地域はサメ延縄が盛であり、それに使う可能性が考えられるが、 この位置に据え付けたままでは邪魔になるだろう。

     No.10は船尾の網置き場の写真である。船尾の基本構造は、No.4におけるものと変わりない。ガントリが高く、 小さい船でも多量の網を扱うと考えられる。

     No.11は、沈子綱を揚げるネットホーラの写真である。底刺網のネットホーラは網を畳んで揚げる。 流し網を広げて揚げるこのようなネットホーラは西日本では見られないので、ここに示した。

     No.12からNo14までは、’75年頃に撮影した仕立中のサケ・マス流網の写真である。母船式サケ・マス流網 漁業は最盛期を過ぎたといえ、まだ存続していた。母船式サケ・マス流網は、大手水産会社の中でも 優良部門であり、網は毎年仕立直された。これは大手の製網会社が分担し、同業者間の競争は烈しく、 相互に技術を競うので、技術的には当時の最高水準のものと考えられる。その後、このような手間がかかる網を 作る余裕は業界になく、したがって現在では姿を消した。この漁業が成長期にあるときには、 お互いの競争が烈しく、このような写真は撮影できなかった。

     アメリカではサケ流網は最高のレジャーであり、網の色調に関する注文は厳密であった。法規によって モノフィラメントの網は禁止されていたので、ストランドを樹脂で固めた網が日本から輸出されていた。 このレジャー産業の実態をフォールダ「Seattleの漁業」に示した。

     No.12は網に浮子縄を取り付ける作業の写真である。

     No.13とNo.14に技術の粋は見られる。No.13は浮子側を示す。浮子綱は2本よりなり、右撚りと左撚りの 綱が組になる(普通のロープは左撚りである)。これは、浮子綱に張力がかかったときに、網が捻られない ためである。この捻れは大きな影響がないように考えられるが、波によって上下動を繰り返すサケ・マス流網では、 網地が浮子綱に巻きつく「棒巻き」の事故が起こるので、恐れられる。日没までに全網を投入するこの漁業では、 その影響は大きい。

     浮力が不均一になると、力がかかる部分とかからない部分の間で網目が変形する。それを避けるために 流網では多数の長い浮子が着けられる。しかし、この場合は、浮子綱自体を浮力のある材料で作られるので、 浮子は少ない。

     網の破損は浮子綱付近の網目で起こる。網本体はモノフィラメント製であるが、浮子綱の近くの数目には 撚糸を使い、半目ごとに細くする。それにつづく数目には太いモノフィラメントを使い、次第に細くする。 このような仕様の網は技術的に可能であっても、ある程度以上の需要があり、発注者側が強くなければ、 つくられないだろう。当時の発注主と受注者の間には、’70年代後半まで、このような力関係を保つ力が 漁業にはあった。

     浮子綱の下には縁綱が通される。これは1番上の網目に通され、約1m間隔で浮子綱に結ばれるが、 縁綱は網地には通すだけである。

     No.14は沈子側の写真である。浮子側と同じような配慮が沈子側でも見られる。下の2目は半目ごとに 太くなる撚糸で作られる。その下端には、縁綱と沈子綱はない。横方向数mごとに約1mの棚糸がつけられ、 それを介して沈子綱に付けられる。沈子綱は右撚りと左撚りの綱が組として使われる。

     沈子綱には、外から見える沈子はついていない。比重が大きく抗張力が大きい材料で撚られ、 その芯には細いビニールのチューブがあり、その中に短く切った鉛の線が入っている。これによって柔軟性を 保ちながら沈降力が与えられる。

     これらの材料によって浮力と沈降力を均一にし、浮子や沈子の脱落や破損を防ぎ、綱の突起をなくして、 高速で投網されるようになった。

    No.15
    [No.15: ft_image_14_11_13/image028.jpg]

    No.16
    [No.16: ft_image_14_11_13/image030.jpg]

    No.17
    [No.17: ft_image_14_11_13/image032.jpg]

    No.18
    [No.18: ft_image_14_11_13/image034.jpg]

     No.15からNo.18までは、大目流網漁船と考えられる漁船の写真である。1回に数十kmに及ぶ網を投入 するので、流網漁船としては、考えられないような大きさの中古船を使う。

     No.17に示す網置き場の大きさから多量の網を使うことが分かる。それを高速で揚げる。

     No.18はその網の荷役の写真である。浮子綱を揚げるネットホーラを使っている。

    No.19
    [No.19: ft_image_14_11_13/image036.jpg]

    No.20
    [No.20: ft_image_14_11_13/image038.jpg]

    No.21
    [No.21: ft_image_14_11_13/image040.jpg]

    No.19とNo.20は岡山県の日生において撮影したサワラ流網の写真である。流網は空中でも見えにくいことが分かる。

     浮子綱は2本あるが、ともに左撚りである。2本の間に浮子を挟む。

     サワラ流網の特徴は沈子綱がないことである。網の下端には広い間隔でスレンレススティール製の輪があり、 沈子の代わりをする。網の上半にはサワラは網目に刺さるが、下半では網地に絡まって漁獲される。1つの網で、 2つの異なる漁獲機構を期待した仕様になっていることは興味深い。流網は網地の色調が問題になる。 しかし、水色の網とエビ茶色の網が写っている。

     No.21は博多湾においてサワラ流網の仕立中の写真である。水色の網地は空中でも見えにくい。 浮子綱は見られるが、沈子綱に相当する部分の構造は、この写真からは分からない。

     


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