[随想] 画像はアルゼンチン南部地域のパタゴニアのほぼ最南端に位置する町リオ・ガジェーゴスの旧港での風景である
(撮影: 2014年3月15日)。
1985年の南半球の夏季に訪れた時に脳裏に焼きつけられたある一つの風景がある。時々フラッシュバックすることもあり、気にかかっていた。
29年後の今回の旅でそれが何であったかをようやく知りえた。
⌈1985年の夏、赴任地の商・漁・軍港都市のマル・デル・プラタ (首都ブエノス・アイレスから南東約400km余りの、
大西洋岸沿いの都市) から大西洋岸沿いに約2000kmを5日ほどかけて車で南下した。国道沿いのいくつかの自然探勝地を道草
しながらのんびりと旅した。テント、毛布、簡易のテーブル・イス、炊飯器、米・調味料などの食料品、その他諸々の生活用品
一式をワゴン車に詰め込んだ。車のルーフも山積みにして、家族4人 (1歳と6歳の乳幼児を含む) で出かけた。
パタゴニアの風景はさすがにどこを見ても荒漠たるものでいかにも殺風景に見えた。その大自然の荒々しさに何となく威圧感を感じていた。
そろそろ荒漠風景から脱してアンデス山麓の森と湖と氷河に覆われた別空間に身を置きたいという思いが、道中徐々に強くなるばかり
であった。ただ、大西洋に向けてヒョウタンのような形で大きく突き出たバルデス半島の自然は感動的であった。
特にロボ・マリーノ(アザラシ)などの海洋哺乳動物を身近に観察することができた。また、
半島から4、5百㎞南のプンタ・トンボでは、何十万羽ものマゼラン・ペンギンとその営巣地をごく至近距離で眺めることができた。
パタゴニアは風が強い日が多い。それに国道(2車線道路)は幅広で立派だが、蒲鉾型で中央部がこんもりと盛り上がっていた。
従って、片側の腰に負担が強くかかるほど傾いて座乗することになり、長距離の旅にはつらいものがあった。誰しもが思いつくことは、
対向車が無ければ、その蒲鉾型道路のセンター・ラインをまたぎながら、車体を左右均衡にさせて走行することであった。海側から強風が
吹き付けている時には ハンドルの左の片側だけを両手でいつもぎゅっと強く握りしめていた。兎に角、風圧に抵抗することで、
すぐ右手の路肩方向へ押し流されて行かないようにせねばならなかった*。
* 大西洋沿いにパタゴニアを時速100km余りのスピードで走行する時(アルゼンチンでは右側通行)、海側の左手方向から強風が吹きすさぶと、
すぐ右側にある路肩方向へとどんどん押し流されて行くことになる。
5日目の夜遅くようやくリオ・ガジェーゴスにたどり着いた。夜のとばりがすっかり下りていたが、土地勘をえる目的もあって、
先ず港のある地区へと直行した。地図によると市街地は奥行きの深い入り江沿いに広がっていた。入り江に臨む海岸通りに出るやいなや、
たくさんの照明灯にこうこうと照らされた大型機械装置が何やら激しい音を発しながらが稼働していた。暗く閑静な住宅街からの突然の
出現であったので、その光景は印象深く脳裏に焼き付くことになった。⌋
2014年3月、パタゴニアのその地を29年振りに訪れた。今回は、アルゼンチン最南端の観光と漁業の町ウシュアイア (ティエラ・
デル・フエゴ島) から長距離路線バスでチリ領に入り、マゼラン海峡をフェリーで横切り、再びアルゼンチン領に入り、
17時間ほどかかってリオ・ガジェーゴスにたどりついた。
(その後、更に2000km以上の道のりを路線バスを乗り継ぎ、道草を繰り返しつつ旅を続け、首都ブエノス・アイレスには1週間ほど
後にたどりついた。)
脳裏にわずかに残る29年前の夜の埠頭風景の記憶を確かめたいと思い、翌朝出掛けることにした。クロワッサン(メディア・ルナ)
とコーヒーの軽い朝食を済ませた後すぐに港の海岸通りをめざして、投宿先の安ホテルからぶらぶらと歩き出した。
15分ほど歩くと潮の香りが漂い始めた。そして、すぐに入り江にぶつかり、視界が開けた。海岸通りをぶらついてまず目にしたもの、
それは画像に写る錆だらけの棄てられたタグボートであった。
その隣には、何かの積み出し施設であろう、それも錆だらけで海上に放置されていた。
海岸通りには石炭の陸上積み出し施設らしきもの、古ぼけた倉庫などがぽつんと残されていた。港湾埠頭の面影を忍ばせるものは
それくらいであった。それらの施設を何度も眺めているうちに、29年前の夜、通りすがりに見たものは、これらの陸上・海上の
石炭積み出し施設であったに違いないと確信するにいたった。
今では、港はその入り江の別の臨海地、即ち湾口の方に完全に移ってしまったという。海岸で憩っていた年配の女性からそんな話を聞いた。
旧港は今では何の活気もなく、何もなかったかのように閑散と静まり返っていた。
錆びつくがままのタグボートと積み出し施設や倉庫だけが、かつて活気溢れる港であったことをかすかに感じさせてくれる程度である。
廃墟同然の旧港を前にして多少の寂しさを禁じ得ない。異空間というのは言いすぎであろうが、多くの時間が過ぎ去ってしまっている空間へ
舞い戻った今、何とも言い表わしがたい戸惑いに心が揺れていた。
[2014.9.25 記/KN][拡大画像: x26364.jpg]
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