画像は、東京・大田区の「大森海苔ふるさと館」に展示される「達磨船(だるません)」である。
その案内板には次のような趣旨の説明が添えられている。
大田区・大森地区の海岸部には、明治時代末期の頃から石炭を大量に使う大きな工場が操業していた。例えば、明治41年に設置された東京瓦斯大森
製造場(後の東京ガス大森工場)や、大正5年に創業した日本特殊鋼会社などで燃焼させるための石炭が達磨船によって運ばれていた。
因みに、東京ガス大森工場において昭和48年まで使われていた石炭は、沖合に停泊する大型貨物船から達磨船に積み替えられた後、工場の
埠頭に接岸させ陸揚げされていた。
達磨船は自走せず、数艘連結された達磨船が動力船に曳航されていた。自走せず、また船形が丸いことから達磨船と
呼ばれるようになったと言われる。船頭の家族が一緒に船内生活ができるように、船には寝床やかまどなども設けられていた。
第二次大戦後には鋼板 (こうはん) 船となったが、戦前にあっては船大工が造る木造船であった。
[注] この木造達磨船模型は、海苔船の船大工でもあった「船竹」(ふなたけ) が、戦前に建造した船型を基に、船竹の小島信延喜氏が復元した
ものである。縮尺1/15の模型。実船の概寸は、全長21m、船幅8m、深さ2m、約150トン積みである。
[撮影年月日: 2019.7.5/東京・大田区の「大森 海苔ふるさと館 Omori Nori Museum」/京浜急行本線「平和島」駅下車、徒歩15分ほど]
[拡大画像: x28526.jpg][拡大画像: x28527.jpg: 説明書き]