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    第4章 ワシントン大学での勉学と海への回帰

    第6節 研究論文をもって起死回生を期す(その1)/地理的偶然による海洋資源の配分   

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      第二学期(1975年1-3月)にもバーク教授の教科である「国際海洋法」(パートII) を履修することが必須であった。だが、前学期 での同科目(パートI) のスコアに衝撃を受けてからは、そのトラウマから抜け切れていなかった。結局、バーク教授からの直々の アドバイスもあって、海洋法制に関する特定テーマの下で研究論文を書き上げ期末に提出することにした。いわゆるターム・ペーパー 方式であった。私のことを案じてのことなのか分からないが、教授との対話の中でそういう方法もあることを教わった。

      関心事はいかなるテーマで論究するかであった。教授の研究室を再び訪ねた折のこと、どんなテーマがよいのか、尋ねなくて もよいことをぽろりと尋ねてしまった。軽く発したその一言は余計であったが、「覆水盆に戻らず」であった。教授からは、「テーマは無限大にある。 自身で考えるべし」と、あっさりと突き放されてしまった。当然のこととして自身で模索することにした。後で振り返れば、この 突き放しが良い結果をもたらすことになった。先ずは、前学期での不名誉極まりない成績を挽回すべく、今学期では気合を入れ直して論文作成に 向き合う必要があった。

      研究室でテーマについてあれこれと模索を続けていた折のこと、かねがね抱いていた一つの視座を思い出した。当時開催が 始まって間もない国連第三次海洋法会議では、参加国のうち圧倒的多数を占める発展途上国が「グループ77」という政治的集団を 組織し、結束して世界の現行の海洋法秩序の革命的ともいえる変革を求めていた。当時G77の結束を象徴していた法制の一つは、 離岸200海里の「排他的経済水域」(200EEZ)であった。200EEZを何が何でも固持し条約案に盛り込もうという勢いであった。 発展途上国による200EEZに対する頑なな主張に対し、正直なところ「本当にそれでよいのだろうか」という疑念を当時抱き 続けていた。いつしかそれについての問題提起や深掘りをしたかった。

      確かに、世界の海洋法秩序は欧米列強諸国を主体にして過去数百年にわたり形成されてきた。その歴史を顧みれば、1960年代前後 に植民地からようやく独立を果たした多くのアジア・アフリカ諸国を含む当時の発展途上国が、G77として一丸となって200EEZの 条約化を強硬に主張することに理解できない訳ではなかった。また、深海底に賦存する膨大な量のマンガン団塊に関し、 現行の国際法の大陸棚限界に関する規定の曖昧さをいいことにして、先進海洋諸国はその海底資源を独占的に囲い込んで開発し、将来計り知れない 恩恵を享受することになるのではと、G77は危機感を抱いていた。故に、その鉱物資源を人類の共同財産と位置づけ、その探査・ 開発の全てを国際管理下におくという法制の条約化を強く主張していた。それもこれも共感しうるところであった。

      他方、日本やソ連のような遠洋漁業国に目を向けると、1970年代に、発展途上国沖か先進国沖であるかを問わず、世界中のはるか遠方にある 沿岸諸国沖で、水産資源を盛んに獲りまくり、海から多大な恩恵を享受していた。それは技術と資本のある国のなせる業であった。 日本は200海里幅の「漁業専管水域」も200EEZについても制度化することに大反対の立場であった。3海里の狭い領海の外側にある 広い公海での「漁業の自由」こそが、絶対的に国益に適うものと信奉し続けていた。 当時の技術と資本の乏しい途上国からすれば、自国沖の近海にある水産資源が、日本をはじめソ連、韓国、ポーランドなどの 先進漁業国によって根こそぎ漁獲されることに歯ぎしりしていたはずである。

      日本は当時、米国、カナダ、ソ連などの北太平洋に面する漁業先進国とは、操業の自発的抑制や二国・多国間漁業協定の締結などによって、 漁業規制や資源配分などの利害調整に預かってはいた。だが、米国でさえも、日本の漁船団が米国沖の近海水域まで進出し、サケ・マス 資源やスケトウダラ、ホッケ、カレイなどの底魚などを大量に漁獲することをよしとする話ではなかった。米国でさえ、200EEZの 設定は自国近海水域における資源保護や漁業振興などの観点から基本的に国益に適うものであったことは間違いない。

      海洋法会議では「コンセンサス方式」によって条約案が採択されるものと合意されていたので、条約案に盛られるさまざまな テーマの法制が、その後どのような議論を経ていかなる内容に落ち着くのか、その帰趨は1974年当時まだまだ予測しがたい状態 にあった。だがしかし、G77が主張する200EEZ の条約化と、米ソ超大国が軍事戦略上死活的に重要視していた「国際海峡に おける、より自由な通航制度」との抱き合わせによる双方の歩み寄り、利害の政治的妥協によって、二つの制度が同時に 条約化される可能性もありえた。

      当時の情勢として少なくとも言うることは、先進諸国にとって、200EEZを世に存在しないものとして無視することはもはや できない情勢になっていたということである。だとしても、 私的には、その200EEZ法制には根深いディレンマが含まれており、それに目をつぶることになってもいいのであろうか、という思い を拭い去ることはできなかった。

         休題閑話。私が提起したかった視座は、各国がその管轄権を及ぼすことになる200EEZの質的・量的な不均等さや偏在性 に関するものであった。世界諸国が国益の観点から200EEZといかなる関わり合いをもつかはさまざまである。先ず、 海に面しないが故に、管轄権を行使する対象の200EEZをもたない、いわゆる「内陸国」が数多くある。アジアでいえばネパール、ラオス、 モンゴル、中央アジア諸国のほとんど。南米ではパラグアイ、ボリビア。アフリカのウガンダ、ボツワナ、ジンバブエなど 多数である。欧州のスイス、オーストリア、ハンガリー、当時のチェコスロバキアなど。そして、海に面するとしても、沿岸諸国の 海岸線の長さは全く千差万別である。因みにイラクは10海里、ソ連は23,000海里以上の海岸線を有する。日本は4,800kmほどである。

      カリブ海に位置する多くの島嶼国、中米地峡にあって隣国同士ひしめき合う国土狭小の沿岸諸国。地中海に面する北アフリカ や南欧諸国、ペルシャ湾や紅海に面する沿岸諸国などは、互いに相対あるいは隣接し合い、彼らの相対的に狭小な 200EEZがモザイク状にひしめき合っている。EEZを沖に向けて200海里まで拡張しようにも、すぐにデッドエンド(袋小路的な)状態となり、 ごくわずかな広さの水域にしか管轄権を及ぼしえない。これらの沿岸諸国は「地理的不利国」と称されてきた。

      因みに、ペルシャ湾に面する諸国の200EEZ面積は、イラク700平方km、クウェート1.2万平方km、カタール2.4万平方km、 バーレーン0.5万平方kmであり、とるに足らない。イランは15万平方km、アルゼンチンは116万平方km。日本は386万平方kmで国土面積 の10倍近くの水域を管轄することになる。その他、米国、ソ連、オーストラリア、カナダ、インド、ブラジル、インドネシアなどは、 明らかに広大な面積の200EEZを享受することになろう。EEZ水域の海面から海底までの海の立体的広がりもまた極めて千差万別である。

      200EEZの海中・海底・その地下に実存してきた、あるいは潜在的に賦存するであろう海洋資源の質的・量的内容も 驚くほど千差万別である。資源の質量的差異の大きさは、その幾つかの事例を紐解けば容易に理解できる。因みに、ペルシャ湾に面するイラク、クウェート、 サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦、バーレーンなどは、その200EEZも、またその下の陸棚も極めて狭く、 典型的な地理的不利国である。だがしかし、陸域において豊富な石油・天然ガス資源を有することが多く、他方で その狭小な200EEZ内においても莫大な産出量を誇ってきた訳である。また、その推定・確認埋蔵量も 日本とは比較にならないほど膨大といえる。日本は200EEZの広さからすれば世界第6位を誇るが、陸域・海域とわず、石油・天然ガスの 産出量は、その消費実績からすれば取るに足らないものである。かくして、海底石油・ガスの世界的な偏在性は、過去の産出量 や推定・確認埋蔵量に関する国別統計をみれば一目瞭然である。

      海洋水産資源についても、魚種別漁獲高をはじめ、漁業生産の潜在的可能性を示唆する植物プランクトンの一日1平方メートル 当たりの基礎生産量、動物プランクトンの1立方メートル当たりの湿重量など、沿岸国によってこれまた千差万別である。 FAOが発行する海域別基礎生産量、主要漁業国別漁獲高の諸統計などをもってすれば、 沿岸諸国の海洋生物学的豊かさはかなり明瞭である。

      日本の200EEZ内での生物学的基礎生産量は、米ソ加などと並んで、世界の中でも相対的に高い。黒潮・親潮の大暖寒海流が 北日本の太平洋岸沖合にて交わり、世界でも有数の漁場を形成している。因みに、南米アルゼンチンの2,500km以上に 及ぶ海岸線に沿って、水深200m以下の大陸棚が離岸200海里(約370km)をはるかに超えて沖合いに伸び、日本同様に豊富な 水産資源に恵まれている。広大なEEZをもち水産資源のポテンシャリティが極めて髙い沿岸国もあれば、EEZが狭小であり海洋生物的 資源にも大して恵まれれない沿岸国や地理的不利国も数多く見られる。

      資源は海底石油・ガスや魚貝類だけでなく、多金属を含有する海底鉱物資源も賦存する。例えば、紅海は細長く伸びその幅はわずか数 100kmであるため、その沿岸諸国は狭小なEEZを分け合うことになろう。だが、紅海中央部の舟状盆地の深淵部には多金属含有泥が賦存 している。泥には鉄、マンガン、亜鉛、銅などを含有する。その他、ナミビア、南アフリカ、マレーシアなどの沿岸域には、 ダイヤモンド、砂金、錫などの漂砂鉱床が賦存する。しかしこれらの鉱物資源もかなり偏在している。

         端的に言えば、世界の沿岸諸国は200EEZの制度化によってそれぞれ海洋資源を囲い込み分割することになる。しかも、 その分割は、各沿岸国がたまたま持ち合わせた「地理的偶然」、あるいは「偶然の地理的条件」によってほぼ決定づけられる ことになる。海岸線の長さ、200EEZの面的広がり、海中の立体的大きさ、大陸棚の面的広さなどがしかりである。 EEZ内の海底およびその下の海底石油・ガスその他の鉱物資源、さらに魚貝類の生物学的資源などの質量的豊かさも、 第一義的には偶然の地理的条件によって決定づけられることになる。200EEZを固持する途上国は、それがもたらすで あろうあらゆる質量的な格差と不均等な分配につき甘んじて受認しなければならないが、それでよしとするのであろうか。

      先進諸国は地理的不利国であっても、自前の資本と技術でもって、海洋資源を豊富にもつ沿岸国に投資することで、開発に参加し利益を上げる ことができる。発展途上国は、たとえ資本・技術が乏しく自ら資源探査・開発ができなくとも、その地理的偶然からもたらされた EEZ内の海洋資源が豊富であれば、他の先進諸国の事業体などと漁業協定や海底石油・ガス開発に関するコンセッション契約を締結し、 入漁料や鉱区料などをもって諸々の経済的利益を得る策もありえよう。だが、地理的不利国やEEZが狭小であり、 かつ海洋資源の乏しい途上国は、EEZの恩恵には余り預かれないことになろう。

      偶然の地理的条件でもって200EEZを区画し、もって海洋資源を分割すれば、沿岸諸国のうちのどれだけの途上国がどれほどの恩恵を 受けることになるであろうか。200EEZは、諸国の経済的格差の縮減にどう寄与することになるのか。それが、かねがね抱いていた EEZにまつわる一つの命題であり視座であった。ついては、アフリカ地域をケーススタディの対象地に取り上げ、地理的偶然による 200EEZによる資源分割の不均等さについて可視化し、実証し、その合理性や妥当性についてできるだけ掘り下げることにした。 そして、タームペーパーでは、大上段に構え過ぎて現実離れするような提案はさておいて、何がしかのアイデアを提案できるよう にしたいと考えた。



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    第4章 ワシントン大学での学びと海への回帰
            第6節 研究論文をもって起死回生を期す(その2)/論文 「アフリカ地域と200海里経済水域」