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    資料: JICA奉職と海洋雑学の10年の歩み(略史)
        (1976年~1987年)



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第6章 JICAへの奉職とODAの世界へ
第5節 「海洋法研究所」の創設に向けて走り出す





    ● 1976年春、朝日新聞に掲載されたJICA社会人中途採用広告を偶然にも目にする。これが人生の岐路・分岐点・分水嶺となる。 人生最大の奇跡的幸運。
    都内・広尾で筆記試験、JICA本部で面接試験、夏には内定。1976年11月1日よりJICA本部で勤務開始する。


    ● 1976年11月1日-1979年12月まで研修事業部に勤務
    (1) 昭和51年11月-昭和52年3月、研修事業部(研修第1課)に配属される。
    (2) その後、研修事業部が組織改編され、昭和52年4月-昭和54年12月(1977.4 - 1979.12)、研修第2課に配属される。
    「Technical Training Officer」として政府招聘の発展途上国研修員の技術研修プログラムの計画立案・実施などの受入業務に従事する。


    ● 米国ワシントン大学主催の「北太平洋プロジェクト」に参加
    1977年7月27-29日、ワシントン大学・海洋研究所 Institute for Marine Affairs (IMS) 主催の「North Pacific Project  北太平洋プロジェクト」の研究報告会(シアトル)に出席。北太平洋における海洋資源管理などに関するプロジェクトの日米加3ヶ国 の研究者報告会合で、日本の海洋漁業政策につき報告した。
    注:渡米期間: 昭和52年7月17日-7月31日。新婚旅行期間含む。
    東京水産大学の吉田漁業政策教授、東京商船大学の織田教授、潮事務所・麓所長、新日鉄元社員の今井氏など参加。


    ● 1977年・昭和52年(月日不詳)、この頃「財団法人・日本海洋協会」(外務省許認可公益法人)が設立された。

    ● 1977年11月12-19日、米国ハワイ大学・海洋法研究所(The Law of the Sea Institute)主催の海洋法 国際シンポジウム(研究所の年次大会 annual meeting)にパネラーとして出席(ハワイ)、日本周辺海域の海の境界線画定問題、日本の 海洋政策などにつき報告、積極的に海洋問題への提言に参画した。


    1978年1月、「海洋開発と海洋法ニュースレター」を創刊する


    日本の海洋開発の動向や法制政策につき「潮事務所」名で、「和文ニュースレター」発刊を閃く。
    1978年1月~1981年1月まで8号分を発刊した。3年間に8号分、毎年ほぼ3号分を発行した。
    研事部時代(1976.11-1979.12)は「潮事務所」名で発行、その後(1980.1-)は「海洋法研究所」名にて発刊。

    テーマは、韓国の領海、日韓の大陸棚問題、北朝鮮の領海・200海里経済水域、非核三原則と国際海峡通航問題、日ソや日中漁業問題 など。研修事業部(~1979.12)から水産室(1980.1~)にかけて執筆発刊。

    その後続けて、「英語版ニュースレター」を発行した。他方で、「海洋法研究所」構想を練り創始の準備を行ない、その活動の中核として 英語版ニュースレターの発行を据ることにした。
    その創設構想とほぼ時期を同じくして、1980年1月から水産業技術協力室へ異動した。 創設構想は研事部と水産室をまたぐ時期(1979末-1980初)であったと思われる,,,。
    研究所設立は 1980年。


    潮事務所名で英文ニュースレター「Ocean Development and Law of the Sea Newsletter」No.1-4 を発行


    1978.11 - 1981.1(昭和53.11-昭和56.1)、定期刊行物「Ocean Development and Law of the Sea Newsletter」(英語版)編集・発行。
    No.1-4: 潮事務所発行、 No.6-8: 海洋法研究所発行
    (なお、Ushio Officeは、The Law of the Sea Institute, Japan海洋法研究所の前身である)

      潮事務所名でのNo1-4号発刊 1978.11--1979.10 (研事部時代)
      1979年10月までは「潮事務所」名で「英文ニュースレター」4号分を発行、1980.1から水産室へ。

      The Republic of Korea and a Recent Trends of Its Territorial Sea, Ocean Development and Law of the Sea Newsletter(=ODLOS Newsletter), No. 1(1978/11), Ushio Office
      「海洋開発と海洋法ニュースレター」No.1、韓国と領海に関する最近の動向、1978年11

      The Territorial Sea, The 200-mile Economic Zone and The 50-mile Military Borderline Zone of the Democratic People's Republic of Korea(North Korea), ODLOS Newsletter, No.2(1979/1), Ushio Office.
      「海洋開発と海洋法ニュースレター」No.2、北朝鮮の領海、200海里経済水域および軍事境界線、1979年1

      The 1979-year Russo-Japanese Northwest Pacific Salmon Fishery Negotiations,ODLOS Newsletter, No.3(1979/6), Ushio Office.
      「海洋開発と海洋法ニュースレター」No.3、1979年日ソ北西太平洋サケ漁業交渉、1979年6

      The Non-nuclear Policy of the Japanese Government and the Special Passage Regimes in Five International Straits, ODLOS Newsletter, No.4(1979/10), Ushio Office.
      「海洋開発と海洋法ニュースレター」No.4、日本政府の非核三原則政策と5つの国際海峡での特別通航制度、1979年10


    ● 1980年1月7日-1984年3月31日、昭和55年1月7日-昭和59年3月31日、林業水産開発協力部水産業技術協力室に配属される。
    Fisheries Project Officer, Fisheries Cooperation Division, Forestry and Fisheries Development Cooperation Dept.
    水産関連の技術協力プロジェクトの運営管理、水産無償資金協力のための基本設計調査、その他水産資源開発調査の管理などに従事する。


    ● 海洋法研究所創設=1980初め(水産室に異動になって間もない頃か)に創設、 民間非営利任意団体「海洋法研究所」設立について/「英語版ニュースレター」や「英語版日本海洋年報・白書」の 創刊を目指す。

    (注)海洋法研究所: 会員制の非営利任意団体。小田滋・国際司法裁判所判事、 Professor Arvid Pardo(米国South California大学名誉教授)、UWのBurke、Miles教授など。武山氏、松田氏など(ニュースレター参照)を会員として1980年に設立 された。英文名称は「The Law of the Sea Institute Japan」。所長は浅野長光氏。

    最初の日本語版を潮事務所から「海洋レビュー」として発刊とそのテーマ?、
    その後海洋法研究所から「英語版ニュースレター」を発刊。アルゼンチンから帰国(1987年)後、「海洋年報・各所」創刊?。


    水産室では、1980年初め先ず「海洋法研究所」創始、次いで1980年5月から「研究所」名で「ODLOS Newsletter」No.6-8  を継続発刊する。
    1980.5 - 1981.1 水産室時代での英文ニュースレターの発刊  (No.6 ~ 8: 1980.5 ~ 1981.1)


      1980.5 -1981.1 英文ニュースレターの発刊
      Agreement Concerning Fisheries Between Japan and the People's Republic of China Signed at Tokyo, August 15, 1975, ODLOS Newsletter, No. 6(1980/5), The Law of the Sea Institute/Japan (LOSI-Japan).
      「ODLOS Newsletter」No.6、日中漁業協定、1980年5。

      A Draft of the Law Prohibiting the Manufacture, Possesion and Bringing of Nuclear Weapons into the Territory of Japan, ODLOS Newsletter(1980/10), LOSI/Japan.
      「ODLOS Newsletter」No.7, 日本の領海への核兵器の製造、保有および持ち込みを禁止する法律案、1980年10。

      Japan-Republic of Korea Southern Continental Shelf Joint Development Agreement, ODLOS Newsletter, No. 8(1981/1), LOSI/Japan.
      「ODLOS Newsletter」No.8, 日韓大陸棚共同開発協定、1981年1月。


    水産室時代、「海洋法研究所」名で定期刊行物・機関誌として日本語版「海洋レビュー」 を編集・発刊する。
    No.2~21、通算第2~21  1981.3ー1982.12(昭和56.3-昭和57.12)  水産室勤務の真っ最中の折に、通算12号分を発刊した。


      『東支那海における日韓大陸棚共同開発について(1):開発権者、操業管理者の決定と最近の探査、試掘活動』、 「海洋レビュー」通巻第2号(1981/5)

      『ソ連原子力潜水艦の我国領海通航事件について(I)』、同上通巻第3号(1981/6)

      『ソ連原子力潜水艦の我国領海通航事件について(II):非核三原則適用上の限界、条件』、 同上通巻第4/5合併号(1981/7-8)

      翻訳『米国は第3次国連海洋法会議を見捨てるべきか? : 著者Joseph S Nye, "Sholud We Cut Our LOSes?: Foreign Policy and International Regimes", Oct. 1980, pp.41 (Donald L. MaKernan Lectures in Marine Affairs; A Washington Sea Grant Publication)』、同上通巻第9/10号(1981/12-1982/1)

      『日本と南太平洋諸国の漁業協定締結状況について』、同上通巻第13号(1982/4)

      『我国と北朝鮮の漁業関係(1975-1981)について』、同上通巻第14号(1982/5)

      『放射性廃棄物の海洋投棄について(I)』、同上通巻第15号(1982/6)

      『放射性廃棄物の海洋投棄について(II完)』、同上通巻第16号(1982/7)

      翻訳『海底―国際区域: The Sea-bed―International Area、国連事務局出版"UN Chronicle”, Vol. XIX No. 6, June 1982, p.5-8』、同上通巻第19号(1982/10)

      翻訳『先行投資者: Pioneer Investors、国連事務局出版"UN Chronicle”, Vol. XIX No. 6, June 1982, p.9-13』、 同上通巻第21号(1982/12)


    海洋白書・年報

    アルゼンチンから帰国(1987年)後、研究書 『Japan Ocean affairs: Ocean Regime, Policy and Development』を編纂・発行する。
    ・ 海洋法研究所発行、6th ed.、 1989年9月、 pp.166
    ・ 海洋法研究所発行、7th ed.、 1989年、 pp.188
    ・ 海洋法研究所発行、8th ed.、 1990



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