FishTech - Photographs of Fishing Techniques
漁業技術の画像集・FishTech


著作者/水産大学校名誉教授・理学博士 前田弘
Compiled by Emeritus Prof. Hiroshi Maeda, Fisheries College, Shimonoseki, Japan

協力者/水産大学校助教授 深田耕一
in collaboration with Asst. Prof. Koichi Fukada, Fisheries College, Shimonoseki, Japan


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    第 4 部
    50 その他
    12 捕鯨船団(2000年)



    南氷洋捕鯨は、第2次世界大戦後の食糧難時代に、日本にとって動物タンパク質を確保する大切な産業であり、 大手水産会社にとっても採算性のよい最大の漁業部門であった。しかし、その後国際的に商業捕鯨は全面的に 禁止され、現在の日本では調査捕鯨として、その技術を残すだけとなった。このファイルはその船団の2000年 における情況を残すためである。

    No.1
    [No.1: ft_image_50_12/image001.jpg]

    No.2
    [No.2: ft_image_50_12/image003.jpg]

     No.1とNo.2は、下関出港直前の母船「日新丸」の写真である。船尾式トロール船筑前丸を改装したので、 基本型は船尾式トロール船と同じであり、船橋の後に調査資料を収納する区画がつけられた。外から見ると 船橋の上に2つの高い鳥居型マストが増設された以外は船尾式トロール船時代とほとんど変わらない。

     捕鯨全盛期の母船と比べると遥かに小さいが、戦後直ちに行われた小笠原捕鯨の母船には3,000トンの 第3天洋丸を用いたことを考えると、それよりも大きく、装備は遥かに充実している。

    No.3
    [No.3: ft_image_50_12/image005.jpg]

     母船の船尾を写した写真である。鯨を引き揚げるスリップウエーは、船尾式トロール船時代からも網を 揚げるために同様の装置はあり、習慣的にスリップウエー(正しくはスタンランプ)と呼ばれた。この部分は 当時のままである。

     キャッチャーボートは大きくローリングをする。それを利用し、母船の船尾を右から左に通過中の、最も右に 傾いたときに曳鯨索を母船に渡すような微妙な操船がキャッチャーボートには要求され、母船の船尾構造も それに合うように作られるが、この部分に関して、スタンガントリの下の左舷がわに部屋が作られた以外は、 スタンガントリ付近の構造も船尾式トロール船のままである(元来、船尾式トロール船の船尾と捕鯨母船は 良く似た構造であった)。

     後部の鳥居型マストとその上端に見られる煙突には、船尾式トロール船の面影が残っている。

    No.4
    [No.4: ft_image_50_12/image007.jpg]

    No.5
    [No.5: ft_image_50_12/image009.jpg]

     No.4は母船の甲板を前から後、No.5は後から前に向かって写した写真である。ここで鯨を解体するので、 操業中は鯨油で滑りやすい。したがって、母船ではスパイクのついた長靴を履く。甲板は傷がつきやすいので、 ほとんどの部分には、木造の仮設甲板が張られる。本格的な捕鯨母船の甲板上には、解体に使うウインチ類や チェーンソー・ボーンソー(いずれも蒸気駆動)が見られた。しかし、この母船では以前にトロールウインチ があった前部構造の後面と、その他に数組のウインチが見られるだけである。

     中央にある水色の台は鯨の重量を計るためである。

    No.6
    [No.6: ft_image_50_12/image011.jpg]

     捕鯨母船の作業員は解体用具を大切にし、腰に砥石を下げており、少しでも閑があるか切れにくくなると 刃物を研ぐ。そのほかにも、甲板への出入口にはこのような回転研石がある。

     No.7からNo.11までは、1層下の処理甲板の写真である。船尾式トロール船の時代にもここで漁獲物の処理 をしていた。

    No.7
    [No.7: ft_image_50_12/image013.jpg]

    No.8
    [No.8: ft_image_50_12/image015.jpg]

    No.9
    [No.9: ft_image_50_12/image017.jpg]

    No.10
    [No.10: ft_image_50_12/image019.jpg]

    No.11
    [No.11: ft_image_50_12/image021.jpg]

    鯨はNo.4とNo.5に見られた甲板で解体され、ブロックとして、下の処理甲板に下ろされ、そこで型を整え、 肉質別に分けて冷凍パンに立てられ、凍結に回される。No.7とNo.8の遠景として見られる右下がりのダクトが 鯨肉シューターで、肉はブロックでここに下りて来る。

     この甲板も鯨油で汚れて滑りやすいので、すべて木造の仮設甲板を張ってある。

     鯨肉ブロックはシュータからコンベア(両舷にあり、No.7では左側、No.8では右側)で送られるうちに、 肉質ごとの分けられる。やや高い位置を走るのが、そのコンベアである。処理甲板の作業員は、この写真では コンベアから斜めに下りる支柱の間に並ぶ。

     写真ではスノコかブルーの被いがかかっている位置が腰の高さである。

     ここで成形された肉はNo.9のフラットタンクフリーザで凍結される。 No.10とNo.11は冷凍パンから製品 を外し、包装する設備で、ここの作業はほとんど機械化されている。

     No.12以後はキャッチャーボートの写真である。

    No.12
    [No.12: ft_image_50_12/image023.jpg]

    No.13
    [No.13: ft_image_50_12/image025.jpg]

    No.14
    [No.14: ft_image_50_12/image027.jpg]

    No.12からNo.14までは、2,000年に建造されたキャッチャーボートの勇新丸の写真である。多目的船がこの 外側に並んでつけられているので、その上部構造が写っている。例えば、No.12における中央の白いマスト、 No.13の向かって右側の白いマスト、No.14ではさらに母船の船尾が写っている。

     他のキャッチャーボートは捕鯨の全盛期に、当時としては十分の建造費と技術の蓄積を活かして建造され、 現在でも使われている。しかし、それらは船齢が30年を越えるので、2,000年に勇新丸が建造された。No.13を No.15と比べれば分かるように、外形は従来からあった船とほとんど変わらないが、細部には新しい技術が取入 れられている。

     キャッチャーボートの特徴は、高速で航走し、急旋回できるように、船の幅が狭く、船体が長いことである。 船橋の上(ハンティングブリッジ)には操業中に操船装置一式と鯨を捕捉しておくための鯨探機(音響探知機) が備えられ、前のマストの上端に見張台があり、船首は立ちあがり船橋との間をガンナーズパッセージで 結ばれることである。(ガンナーズパッセージはNo.17に示す)



    No.15
    [No.15: ft_image_50_12/image029.jpg]

    本格的な捕鯨が行われた当時に建造され、現在もなお稼動しているキャッチャーボートの写真である。 前から見ると船首が高く、船橋の操舵室の高さまで上がっている。船首は外側に向かって開いているので、 ピッチングをして波に突っ込んでも波は左右に開き、船首に立つ砲手は海水を浴びなくてよく、視界も妨げられない。 船首に低いダビットが見られるのは、錨や捕鯨銛を扱うためである。

    No.16
    [No.16: ft_image_50_12/image031.jpg]

     操業中はハンティングブリッジで操船される。そこから前を写した写真である。着氷する場所をできる限り 少なくするために、支索や支柱がほとんどない。

     見張台の下にある滑車と、マストの下にある緩衝装置によって、鯨が引くために銛を結ぶロープにかかる衝撃は 緩和される。この機構は先の「捕鯨船」に記した。

    No.17
    [No.17: ft_image_50_12/image033.jpg]

    勇新丸の船首と船橋の間の写真である。従来型のキャッチャーボートでは、この間にマストがあったが、No.12に 示すようにこの船ではマストは船橋から上に伸びる。

     従来型のキャッチャーボートでは、船首尾船上にマストがあるので、ガンナーズパッセージは直線でマストの 右か左を通る。どちら側を通るかは、捕鯨縮小前のキャッチャーボートを建造した会社によって異なる。勇新丸 のガンナーズパッセージは、途中で折れ曲がる。この曲がるあたりにマストはないが、船橋上から伸びるマストと この部分の甲板下に、銛綱にかかる衝撃を緩和する装置のあることは変わりない。

    No.18
    [No.18: ft_image_50_12/image035.jpg]

     捕鯨砲  銛は平頭銛である。船首の外側には2組の3方ローラーがある。先のファイル「捕鯨船」では、 このローラの写真は示せなかった。これは、1番銛と2番銛を用意しておき、その各々からでる銛綱を通すため である。

     なお、白い構造は外側にある多目的船のものである。

    No.19
    [No.19: ft_image_50_12/image037.jpg]

    No.20
    [No.20: ft_image_50_12/image039.jpg]

     漁船の船尾は一般に角型である。しかし、キャッチャーボートの船尾は、クルーザースタンである。

     浮氷が多い海域で操業するので、予備のスクリューをデッキ上に置いてある。

    No.21
    [No.21: ft_image_50_12/image041.jpg]

    No.22
    [No.22: ft_image_50_12/image043.jpg]

    No.23
    [No.23: ft_image_50_12/image045.jpg]

    ハンティングブリッジにおける操船装置である。操業中は、ここで吹き曝しの中で操船する。この点は旧来の 習慣を守っているが、装置1つずつは新しい。No.23でもこれらの点は変わりないが、ハンティングブリッジは、 普通に操船する船橋の外の同じ高さにある。

    No.24
    [No.24: ft_image_50_12/image047.jpg]

    No.25
    [No.25: ft_image_50_12/image049.jpg]

     鯨探機 海中に潜っている鯨の相対位置を常に捕捉し、浮上する位置を予測していなければならないので鯨探機は 早くから導入された。しかし、鯨はよい音響反射体であるので、鯨探機の機能は旧式のソナーそのものである。

    No.26
    [No.26: ft_image_50_12/image051.jpg]

    No.27
    [No.27: ft_image_50_12/image053.jpg]

     銛綱にかかる張力はマストの上端にある滑車を経て、マストの付根の下にある緩衝装置で緩和される。この装置 のマスト付近の部分は先のファイル「捕鯨船」に示したが、甲板下の部分は示さなかったので、ここに付け加える。 以前はスプリング式であったが、油圧式になっている。No.26は緩衝装置の主要部分を前後方向に撮った写真である。 No.27は油圧化していることを示す。

    No.28
    [No.28: ft_image_50_12/image055.jpg]

     新しい船では、機関室の上の空間も活用している。しかし、キャッチャーボートでは他の漁船に比べて漁労に 使われるスペースが少なく、古いキャッチャーボートでは機関室の上には構造物はない。(当時に建造された他の 漁船でも機関室の上には構造物はなかった)

    No.29
    [No.29: ft_image_50_12/image057.jpg]

     勇新丸の外側に繋留されていた多目的船の鯨探機ドームとレーダドームの写真である。


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