海洋総合辞典Japanese-English-Spanish-French Comprehensive Ocean Dictionary, オーシャン・アフェアーズ・ ジャパンOcean Affairs Japan, 東シナ海・日中大陸棚境界線を巡る百年論争

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東シナ海・日中大陸棚境界線を巡って百年論争か?

  東シナ海における日韓および日中大陸棚境界画定に関し、どんな未来が描けるであろうか。両国との境界画定に関し、 日本は今後どう向き合うべきか。先ず、日韓大陸棚の分界であるが、対馬海峡とその隣接海域での大陸棚境界画定について 言えば、調整すべき若干の技術的課題が残されているといわれるも、現行の「日韓大陸棚北部の境界画定に関する協定」を踏襲 することはほとんど問題がないように見受けられる。

  問題は、韓国本土・済州島のはるか南方海域の日韓「共同開発区域」について規定する「日韓大陸棚の南部 の共同開発区域に関する協定」である。両協定の期限は2028年である。期限を迎える年の3年前に当たる2025年に書面予告を行なえば、 2028年の期限日をもって、またはその後いつでも終了させられることになっている。

  日本にとって、「共同開発区域」協定を失効させる重要な機会となるはずである。50年間の有効期間を過ぎても従前どおり そのまま継続させ、ついては「共同開発区域」を日韓中間線以南の日本寄りの200海里EEZ海域内に設定しておくことは、日本には 到底受け入れ難いはずの事柄である。日本として、同区域設定を継続することはありえないと思われる。日本のイニシャチブをもって一旦失効させ、南部 協定を白紙化すること、その後将来の適時において改めて境界画定交渉を仕切り直しすることに何の不都合もないはずである。 2025年の失効予告と同時に、それに替わる大陸棚分界協議につき留保しておくことができよう。

  失効を明示する文書をもって「共同開発区域」を取り消し、海図上からそれを消し去っておくことが肝要と思われる。 先ず、日本にとって不利であり、国益に何ら貢献してこなかった協定を失効させる。同協定を白紙撤回しておく。 何故ならば、白紙化しておかなければ、韓国側が主張する半島陸地の自然延長論、即ち「韓国の大陸棚は沖縄舟状海盆の中軸まで 伸びる」という主張を半ば明示的あるいは暗黙的に今なお容認するものと受けとめられかねない。あるいは、日本側が主張する 等距離・中間線論を後ろめたく躊躇するか、あるいは放棄するかのような誤ったメッセージを今後もさらに発信し続けることに なりかねない。さらに、韓国と同様に、沖縄海盆中軸部辺りまで主権的権利が伸長すると する中国の自然延長論に対しても、日本は自らの基本的立ち位置を明示し、かつ再理論武装しておく必要がある。

  日本にとって、等距離・中間線が真に妥当であることの法的論拠や立場を、中韓をはじめ国際社会に再度しっかりと主張する 千載一遇のチャンスである。日韓協定締結以来半世紀振りに巡ってくるチャンスである。再交渉において韓国側に日本の 主張の妥当性を改めてしっかりと展開すれば、中国との交渉に向けた力強い備えにもなろう。先ずは、2028年6月にきっぱりと失効させ、 再度の線引き交渉に備えるべきである。特に「共同開発区域」については、一旦完全に白紙化し、線引きを仕切り直すのが至当である。

  日韓協定発効年の1978年以降における同開発区域での石油掘削の実績や経過を振り返れば、「共同開発区域」では、若干の 単発的な試掘・探査のみで何の実質的な商業的規模の海底石油ガスの開発生産にも至らなかった。

  日韓協定の規定上、両国の法的立場はもともと害されないことになっている。即ち、同協定の規定では、同開発区域に対する日韓の 主権的権利を決定するものとは見なされない。また、大陸棚境界画定に関するそれぞれの立場を害するのもではないと規定されている。 日本は改めてこの原点に立ち返り、九州南西海域における200海里経済水域 (200EEZ) と大陸棚の境界画定に対して改めて真剣に 向き合うべきである。

  現在では国連海洋法条約が成立しており、同条約成立以降においても大陸棚画定に関わる国家慣行や国際司法判例が幾つも 積み重ねられてきた。それらの慣行や判例を精査しながら、日韓・日中間での境界画定に適用あるいは準用され得るルールを見極め活用することが重要である。 日韓協定締結時点では、「1958年大陸棚条約」と北海大陸棚事件での国際司法裁判所判決が、ルールの主要部分を占めていたのとは 大違いである。

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[図の左中央の黄色部が「日韓共同開発区域」]

  休題閑話。東シナ海での大陸棚画定には、大きく分けて三つの境界分界方式があると考えられる。
第1の方式。日韓・日中間ともに、日本が主張する等距離・中間線をベースにした線引きを適用するというもの。世界中の過去の国家慣行 からして、それをベースに線引きすることが最も妥当性があることを説き、またそれを貫くべきである。ただし、海岸形状、海底地形、地質構造 などの自然条件との関連において、衡平性を担保するとの観点から、その線に対する合理的な多少の調整を行なうことは 排除されない。

  自然条件の一つとしての沖縄舟状海盆(トラフ)を考慮すれば、両国間の合意によって、等距離・中間線は若干中国や韓国寄りに、 あるいは逆に日本寄りに調整されることもありえよう。結局のところ、日本も中国・韓国も、互いに衡平性を担保するとの観点から、 最終的にほぼ等距離・中間線に収めることが期待される。

  なお、尖閣諸島は日本固有の領土であり、当然の帰結としてそれを基点にしての等距離・中間線ということなる。しかし、日中間の境界画定では、 中国による尖閣諸島に対する領土主権の理不尽な主張が最も厄介であり、その最大の障害となることは避けて通れない。国連の委員会の エカフェ(ECAFE)が尖閣諸島北東海域に海底石油ガス資源の世界最大級の賦存可能性を記す報告書を発表した後、暫くして中国はその領土主権 の主張を始めた。

  第2の方式。中国・韓国の主権的権利が及ぶ大陸棚は、自国陸地の自然延長をたどって沖縄海盆まで伸びているという 見解に基づく線引きである。その論理の帰結として、日本との線引きは、その海盆の中軸部をもって分界するのが妥当であると いう主張に繋がる。その場合、中国主張の海盆中軸線は、その中ほどにおいていきなり日本領土の尖閣諸島の北側へと大きく 回り込んで、中国本土と尖閣諸島との間の等距離・中間線へと繋がって行くことになる。

  ところで、2012年12月に、韓国は国連の「大陸棚限界委員会」に対し、自国の大陸棚は沖縄海盆まで延伸していると 申し立てた。同委員会は、向かい合っている(相対する)二国間に自らの身を置いて、両岸間の距離が400海里未満にある大陸棚 の境界線につき裁定を下すという任務を負う機関ではない。両国間で紛争を引き起こすことに繋がるような対応や立場をとる こともできない。だが、韓国はそれを百も承知で、自国の大陸棚の限界は海盆中軸部まで及ぶことを同委員会並びに国際社会に 対してアピールしているのである。日本は口上書で抗議した。

  第3の方式。日中、日韓においてそれぞれの主張が重複する大陸棚全体を基本的に「共同開発区域」とする妥協の折衷案である。 即ち、等距離・中間線と海盆中軸線との2分界線の間に横たわる大陸棚を共同管轄区域とする方式である。その場合の資源シェア リング方式については、コストの折半と利益の等分化が大原則となろう。日韓共同開発区域協定にその原形を見ることができる。

  第1~3方式のいずれの場合であったも、大陸棚の上部水域である200経済水域(EEZ)の境界線と、大陸棚自身のそれとを合致させるのか、 あるいはさせないのかというもう一つの問題が惹起される。
第1の方式では、合意の下に、EEZと大陸棚の2つの分界線を合一にさせるのが最も妥当と思われる。基本的に等距離・中間線な ので合意も得やすい。
第2の方式では、日本にとっては、EEZの境界線を海盆中軸線に重ね合わせることなどありえない。等距離・中間線以南の日本側 EEZ水域内の海底下に中国や韓国の主権的権利の及ぶ大陸棚が存在することになる。理論的にはありえても、国益の観点からも 国家慣行上もありえない線引きである。

  第3の方式では、「共同開発区域」の大陸棚もEEZも同じ境界線で分界することになれば、無用の混乱やもめ事を生じさせないことに つながろう。同区域での石油ガス資源については、その開発コストと利益の等分化を基本ルールとする二国間協定を結ぶことになろう。 漁業資源については共通の操業ルールが合意されるのが好ましい。いずれにせよ、同区域内での海底石油開発や上部水域での 漁業活動の重要事項については、十分な調整が図られ共通規則が適用されることになろう。だが、規則の取り締まり・執行は、 それぞれの当事国が行なう旗国主義が適用されよう。相互に監視員の派遣による監視もあり得る。

  第1~3の方式のいずれの場合であっても、日中韓3ヶ国の合意が必要となる地理上の点がある。即ち、少なくとも一か所の 三重合点が生じる。日中韓3ヶ国が同一協定上で認め合わない場合には、それぞれ別個に二国間同士で三重合点につき約束する ことになろう。二国間協定において、もう一方の当事国による三重合点に関する同意が必要とされることを留保しながら、 事を進めることもできる。究極的には、3ヶ国が合意に至る必要がある。合意に至らない場合、等距離・中間線ルールが強制・ 義務的に適用されることにならない。

  第1、2方式での境界線に関し、日中・日韓のいずれもが合意に至ることは簡単ではない。余りにも主張の隔たりが 大き過ぎるからである。自然延長論、即ち沖縄海盆中軸論を主張する韓国や中国にとっては、等距離・中間線での線引きは、 日本への大きな譲歩に映るに違いない。反対に、日本からすれば、自然延長論での線引きは、これまた余りにも大きな譲歩である。 互いにトレードオフの関係に立たされる。日中・日韓の境界画定には収斂しがたい隔たりが横たわると言わざるをえない。

  第3方式による日韓境界線は、現行の南部大陸棚協定での「共同開発区域」のそれと基本的に同じになる。日本が一旦破棄した後に 同じような「共同開発区域」の設定に合意し、それを焼き直すことになる。再交渉しながら、韓国側から何の譲歩も得られず、あるいは 日本の国益に沿った妥当・合理的な分界線を得られないことを意味するので、日本政府は国民から大きな批判を受けることは 必定となろう。

  日中間での線引きでは、中国としては、尖閣諸島を日本の固有領土と明示的にあるいは暗示的に受け入れつつ、 日中等距離・中間線と海盆中軸線との間に横たわる大陸棚を「共同開発区域」として受け入れるであろうか。 中国にとっては、尖閣諸島への主権主張を放棄し(あるいは棚上げし)、なおかつ海盆中軸部までの大陸棚を共同区域と することで日本側に譲歩することになろう。それとも、一方で日本は尖閣諸島を大陸棚線引きの起点とせず、他方で中国は尖閣 諸島への領土主権を棚上げして、等距離・中間線と海盆中軸線との間に横たわる広大な大陸棚(尖閣諸島周辺のそれを含めて) を共同区域とすることを日中両国は受け入れられるであろうか。

  現在まで固有の領土として実効支配を続け、かつ中国公船による執拗な示威行動から死守してきた日本にとって、 尖閣諸島への領土主権を放棄することなど絶対的にありえない。中国がその核心的利益として、その主権を絶対的に放棄しないと いうのであれば、二国間で平和的に分界線につき協議して究極的な解を見い出すということは期待できない。 また、領土主権を巡る対峙をそのままにしておきながら、第1、2方式に言う大陸棚の線引きにおいて、それぞれに大きな政治的譲歩を 決断しうるであろうのか。大陸棚の線引きのためだけに、領土主権の主張を棚上げしたり、尖閣諸島を線引きの起点としないなどと言った 譲歩や妥協なども、日中双方にとってありうることであろうか。両国が共に最優先したいことは、尖閣諸島を巡る対峙において自らの 主権と国益を貫くことであり、領土主権よりも大陸棚の線引きを優先して事に当たることはありようがない。

  さて、日本が選択するのは第1方式でしかありえない。中国や韓国の論拠への迎合的な譲歩は全く不要である。先ずは二か国間 で外交協議を重ねつつ、線引きの合意を目指す他ない。日本はどんな論拠を展開するのか。1970年代における日中韓のそれぞれの 国内情勢や東アジア情勢、さらに世界情勢などは、その50年後の現在とは全く異なる。韓国はもとより、中国の政治・経済・軍事・科学技術力 なども著しく伸長している。だとしても、理不尽な分界線主張には妥協すべきではない。国家何百年もの禍根を残すようなことは あってはならない。そして、今後も、「力の行使」ではなく、法的ルールの適用と外交交渉でもって平和裏に合意に達すべく、 東シナ海におけるEEZと大陸棚の分界にしっかりと向き合わねばならない。

  中国や韓国が主張する自然延長論をもって両国の大陸棚を沖縄海盆中軸部まで延伸するというのは妥当ではない。その自然延長論を 主張するのであれば、アジア・ユーラシア大陸からの中国陸地の自然延長の限界は、沖縄舟状海盆までではない。南西諸島を越えて、 その南側に横たわる「南西諸島(琉球)海溝」への沈み込み部手前のコンチネンタル・マージン(大陸縁辺部)までであると 考えるべきあろう。

  翻って言えば、沖縄海盆中軸部まで伸びると主張する自然延長論は、日中や日韓の相対国のように両岸間の距離が400km未満で向かい 合う大陸棚について適用されるべきものではない。沖縄舟状海盆は、太平洋側プレート(フィリピンプレート)がアジア側 プレート(ユーラシアプレート)へ沈み込むことによって、東シナ海の大陸棚上にできたほんの窪み(背弧海盆)に過ぎないと地質構造上みなしうる。 東シナ海の海底に多少の窪みが存在しても、日中韓3か国は同じ一つの大陸棚に面していることは明白であり、それが重視される べきである。等距離・中間線をベースにしながら、衡平の原則を具現化するような線引きが希求されるべきである。

  また、1970年年代当時とは異なり、現在では国連海洋法条約が締結され、それが世界共通の「海の憲法」、統一的ルールとなっている。 ただし、同条約に規定される境界画定に関する成文のルールだけでは、相対国あるいは隣接国間での大陸棚分界につき、 等距離・中間線をもっての強制・義務的な解決にはたどり着けないことも事実である。即ち、現行の海洋法条約では、合意がない場合、他の線引きが正当化 されない限り等距離・中間線によって合意するものとみなす、という強制・義務的な規定ではない。これはかつての「大陸棚条約」の場合と 基本的に同じルールが今も敷かれている。

  自然延長論による分界は、日本にとっては甚だしく不衡平を押しつけられるものとなる。世界にはそのような不衡平を一方の 当事国に押し付けるような事例は見あたらない。北海大陸棚事件判決は一つの重要事例である。北海をはさんで英国やノルウェーなどが 相対あるいは隣接し、またノルウェー西岸沖合には海盆がある。だが、基本的には等距離・中間線をベースにしつつ若干の修正を 加えた線引きが裁決された。

  自然延長論は、沿岸国陸地の自然の延長が、相対国がなく離岸200海里以遠にまで延伸している場合、それを越えて主権の及ぶ 海底と国際海底区域との境界について論じ、そのためのクレームを行なうには有効である。だがしかし、 相対国が400海里未満の距離で接する場合、その自然延長論が他の法理よりも最優先して適用され、かつ衡平の原則が顧みられることなく、 等距離・中間線をはるかに越えて適用されるものではないと考える。

  また、自然延長論は、相対国間の線引きにおいて衡平な分界を具現化する上で、最も有効かつ有用な等距離・中間線よりも 最優先して適用されるべき基本原則でも法理でもない。自然延長論をもって不衡平を押しつけることこそ、衡平の原則に反する ものである。 また、陸地の自然延長には、その沿岸国の「近接性」が求められるものであり、同延長論をもって沖縄海盆中軸部までとすることは、 陸棚の近接性の原則からも大幅に逸脱するものである。中間線から中軸部までの陸棚は中国や韓国からして全く近接していない。

  ところで、国際社会では、現在まで過去30年にわたり、現行の国連海洋法条約の下で、大陸棚の線引きに関する国家慣行が累積され、 また国際司法裁判所での国際判例が積み重ねられてきた。そして、画定に関する国際慣習法的ルールが 漸次形成途上にある。そこでは、日本の等距離・中間線主義を補強できる有用なルールが形成されつつあると見受けられる。 最早、中国・韓国に譲歩する必要はないし、またすべきではない。日中韓の大陸棚の線引きを性急になすこともない。

  相対する沿岸国間での線引きでは、その実務的観点から、先ず等距離・中間線が尊重され、それをベースにしながら、自然条件 などを考慮に入れて、衡平の原則を具現化するとの観点の下で、同線からの多少の「逸脱」や「修正」を容認しつつ調整を図りつつ 合意を得るとの慣行が多く見受けられる。もっとも、いかなる自然条件をどう考慮し、どう調整を図れば衡平の原則を具現化する ことになるのかの、国家慣行や慣習法上の確固たる統一的ルールはまだ見られないといえよう。

  「潮事務所」の所長麓多禎氏が作成した報告書によれば、日中の地理的な中間線は、偶然ではあるが、エカフェが発表した最も有望な厚い海底堆積層 をほぼ等分化する結果をもたらすという。これは有意義な示唆の一つであり、衡平の原則の具現化につながるかもしれない。 地質構造などの自然条件につき分析を重ね、等距離・中間線をどのように調整すべきか、その方策を考察することも重要である。 同報告書における日韓大陸棚境界に関する調査研究の価値はそこにも見い出されよう。

  今後の日中韓の境界画定においては、先ず当事国間で交渉する他ない。だがしかし、日韓、日中の画定はどこまでも平行線をたどり、 合意にいたることはなかなか期待しがたいと見受けられる。日中韓が固執してきた法理や立場では、政治的譲歩や妥協に至る には余りに隔たりが大きい。二者間でそれぞれの法理をもって、他方をねじ伏せるかのような外交交渉は、いずれかの段階で デッドエンドを見ることになろう。中韓から等距離・中間線への譲歩を引き出すことは至難である。

  日中・日韓の二国間同士で合意できる見込みがほとんどなければ、その次善の策は、二者間で直接 交渉や論争をするのではなく、第3者即ち裁判官や仲裁者を間に立てて、双方が喧々諤々の意見を交わし論争することである。 即ち、国際司法裁判所(ICJ)や海洋法裁判所の裁判官の前で法的論争をすることである。裁判官にその法的判断を委ねることである。 司法的解決の手続きに訴え続けることが、究極的にベストな戦略的選択であると思われる。 日中韓がICJに付託できれば、当事国同士が自らの主張を論述し尽くしても徒労に終わることはない。不毛な論争に終止符が 打たれることになろう。現行の国際慣習法と成文国際法に則り、中立的で妥当な 判断が下され、平和的解決と地域の平和や安定につながろう。

  二国間交渉に備えるという本来の意味もあるが、国際司法の場での論争にも備え、過去の国際司法判例と今後も積み上って行く はずの国家慣行を分析し続け、理論武装を強固にしておくことが肝要である。それこそが日本が行使できる最大の平和的手段による「盾」 となろう。中国も、韓国もICJなどに付託することに恐らく同意しないかもしれない。中韓が司法的解決への道を避け、理不尽な 自然延長論に固執することの是非を世界に問い続けることに重要な戦略的意味がある。他方で、国際司法の場で解決するよう国際 世論の支持や後押しを引き出すことである。

  その間に、日本にとって有利な国際慣習法の形成がさらに漸進し、等距離・中間線の採用がますます国家慣行として積み上げられ 国際社会で受認され国際慣習法へと形成されるものと期待したい。中国、韓国には、国際司法の場での解決に付すよう絶えず促し、 日本としては、国際司法の場で陳述し合うことの機が熟すまで待つことである。その環境が整うまで機を 待つのがよい。いつしか将来、裁判官の前で論戦し、国際法に基づく中立公正な判断を仰ぐことによって究極的解決への道が 拓かれることを期待したい。中国・韓国がそれに応じなければさらなる「100年論争」を覚悟せねばならないかもしれない。

  厄介なのは尖閣諸島の領土帰属をめぐる対峙である。東シナ海での大陸棚画定ではそれを避けて通れない。 尖閣諸島の帰属についても、同時に国際司法判断を求め、その決着を図ることができるであろうか。大陸棚の線引きと併せて 付託合意できればよいが、日本も中国もそれを認めるであろうか。日本が受け入れても、中国はなさそうである。 線引きは、その入り口の段階でやはりデッドロックに陥ることになりかねない。「100年論争」ではなく、それ以上の争いになる 所以である。尖閣問題に解を見い出しえない限り、究極的線引きは無理難題である。

  しかも、事は大陸棚の境界画定、尖閣帰属紛争にとどまりそうにない。中国の軍事強国への野望、さらには 東シナ海、南シナ海、そして西太平洋への海洋進出や覇権を希求する戦略が絡み合っている。中国にとって、東シナ海や西太平洋 での海洋覇権や「力の支配」を希求する上で、尖閣諸島を自国主権下に置き留めるというのはまさに核心的利益に違いない。 そうであれば、機を見て尖閣諸島を実効支配下に置くためにいつしか実力行使に及ぶかもしれない。その 可能性が全くないとは言い切れない。

  打開の希望はあるのか。国際判例の行方や諸国の国家慣行の積み重ね、等距離・中間線採用の慣習的ルールの形成を見極めつつ、 さらに国際司法の場での日中解決を我慢強く主張し続け、国際社会の支持を得て行くことが最も肝要である。しかし、時間だけはかかる。少なくとも100年、あるいはそれ以上の年限での 論争を覚悟せねばならないかも知れない。 他方、時を経へれば経るほど、重複する大陸棚の線引きにかかる慣習的ルールの形成が漸進し、日本の有利性が強化され続けよう。 沖縄海盆の存在はハンディとなることはなくなる。

  かくして、日本が長期の国家戦略として常時対処すべき幾つかの事項がある。
その一、尖閣諸島への他国人による上陸を断固阻止すること、占拠されぬようスキを与えず死守すること。
その二、等距離・中間線以南の東シナ海大陸棚での中国・韓国による海底資源などの一方的な探査・開発活動を座視しないこと。適切かつ 厳格に外交的抗議をなし続けること。
その三、大陸棚境界画定などの問題につき、国際司法の場での解決の用意があることを中韓および国際社会にたえず訴え続けること。
その四、国際司法の場での論争のための法理論構築の準備を怠らず、法的「盾」をたえず強固にすること、である。

  中国がその公船をもって尖閣諸島周辺の接続水域や領海への侵入を止め、穏やかな交渉環境が整えられない限り、大陸棚の 線引きの協議などありえないであろう。 他方、中国にとっては、尖閣諸島の帰属につき中国が満足しうる何らかの決着を見ない限り、線引きの協議は前進させようもない。 中国が満足できる決着とは、領土主権を自らの物にすることである。故に、日本固有の領土であり、それを実効支配する現状下では、 中国は線引きなどの協議に応じるつもりは毛頭ないと思われる。それ故に、論争は100年というより無期限的に続く恐れもある。 としても、線引きを急ぐことも焦ることも全くない。日本は、中国が「力の支配」ではなく司法と法理をもって平和的に 解決しようという国家意思を示すまで、我慢強く領土主権を堅守し続けることが肝要と思われる。 [To be continued, updated and revised]

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