一枚の特選フォト⌈海 & 船⌋
「大英博物館・古代エジプト展」、帆を張る「船の模型」 [東京]
illustrated by Nagisa Nakauchi
「大英博物館・古代エジプト展」が東京・六本木で開催 (2012年夏期) され、幾多の秘蔵品が展示・公開されたが、帆を張る
「船の模型」はそのうちの一つである。模型は粘土造りであろうと想像したが、木・漆喰でできているという。 紀元前1850年頃の古代エジプトの美しい造形物が眼前の陳列ガラスケースの中にあった。息をするのも忘れ、ケースにぐっと身を 乗り出して覗き込んだ。そして、己の眼をズームインさせる。約4000年前に造形された船模型をこの目でしかと確かめることができた。 本物に魅了されたことの衝撃が己の脳細胞に伝わって来たのが自身でもはっきりと分かった。 船殻は緩やかな弓なり状で、船体中央部で大きく垂下し、船首・船尾の両部が反り上がる。船尾の反り上がりの方が少し大きい。 マストは1本である。 そこに四角い横帆をもつ。その上部はヤードに、下部はブームに繋がれて展帆されている。ヤードを転桁させる索はここでは 見当たらない。 マストヘッドから船首端までステイが張られ、船尾端へはバックステイが張られて、帆柱を維持しているように見える。 マスト上部から両舷に張られるシュラウドは見当たらない。ヤードはいくつものロープでマストに吊り下げられ、 大勢の乗り手が自身の手にロープを握り締め、皆してヤードを引き揚げ、帆を張っているように見える。漕ぎ手は見えない。
操舵用の大きなオール (櫂舵) が船尾両舷に一本ずつ支持用木柱に括り付けられている。約4000年前の古代エジプト文明の
人工遺物を前にしてあれこれ思索した。
最大の展示は、死者が冥界の旅において復活再生するために必要な呪文集「死者の書」(パピルスの絵巻37m)である。 そこには古代エジプト人の死生観が宿されている。船の模型は副葬品であったが、どのような思いをもって、死者のためにこの ような船模型が墓に納められたのであろうか。 死者は冥界で最後の審判を受けるという。永遠の命を約束されて来世の楽園にたどり着くことができるのか、それとも消滅する 運命にいたるのかは、その審判の結果による。 その冥界を旅する途上において、この帆掛け船はどんな役割を担ったのであろうか。 冥界での旅と船の副葬品との接点について今一つ理解できなぬまま、とにかく本物を観たという満足感に浸って展示会場を後にした。 此の日の古代エジプト船模型実物の鑑賞が自分史の貴重な一部となったことは喜びである。 その後のことであるが、冥界の旅と「船の模型」の接点について、2012年8月21日付朝日新聞(夕刊)で次のようにふれられていた。 木・漆喰でできたこの模型は 「古代エジプト人が考える死後の世界には川が流れていて、そこを旅する死者には川を渡るための 船も必要だと考えられていた」。
船模型の埋葬は、ナイル川畔で暮らした人々は冥界にも大河があると信じ、死者が苦難や危険に満ちた冥界の大河を無事に
通れるようにという思いに基づくものであった。 |