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4. 灯台史跡案内板に記される江戸時代末期の「石川島人足寄場」と「佃島」の略図。当時は「石川島灯台」や「佃渡し」付近が
隅田川と江戸湾の境目辺りであった。 [拡大画像なし][拡大画像: x28235.jpg: 灯台史跡案内板]
5. 「佃堀」に架かる佃小橋(朱色の橋)が見える。略図4に記される漢字「佃」の直下に記される橋印が佃小橋であり、佃島の東・西を
つないでいる。図6をも参照のこと。
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6. 「現在地」が石川島灯台の位置である。中央区の緑地課設営の佃公園案内図より。
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7. 灯台は、リバーシティ21のある石川島と、その上方の佃島に架かる住吉水門・住吉小橋のすぐ傍(北側)に立つ。
[図の方位について]下方が北、上方が南である。
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8. 画像8の古地図には「明和8年」という年号の記載が読み取れることから、1770年代作成と推察される(元号・明和は1764年-1772年
までの期間の元号; 江戸幕府の徳川家治の時代に当たる)。
地図下方の川は江戸湾へ注ぐ大川(隅田川)。その最左が河口に当たる。江戸時代1644年に埋め立てられた佃島が赤い矢印で示される。
その右側にある小島は石川島。隅田川に架かる橋は、最左から永代橋、新大橋、両国橋。
両国橋のすぐ上流にて神田川が注ぎ出る。中央右端にある池は上野の不忍の池。神田川は江戸城東方にて2方向に分かれ、江戸城の外濠の
水源として利用されている。 [拡大画像: x28260.jpg]
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