一枚の特選フォト⌈海 & 船⌋


One Selected Photo "Oceans & Ships"

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「イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ」にみる神戸開港 (1868年) の図絵
[神戸築港資料館ピアしっくす]

画像は、1868年3月28日号に掲載された、神戸開港の様子を伝える「イラストレイテッド ロンドン ニューズ」の図絵 (神戸市立博物館所蔵)である。「港を開く」と題する築港資料館展示パネルのキャプションには次のように記される。
    開港の様子を伝える「イラストレイテッド ロンドン ニューズ」。慶応3年12月7日(1868・1・1)、 港の沖にイカリを下ろし、英米18隻の艦隊が整列。正午、21発の礼砲が六甲山地にこだまし、出来上がった ばかりの運上所 (税関) で開港式が行われた。 "ビードロの館"と称された運上所、中央の白い部分に造成中の居留地が描かれている。 4月には、汽船による阪神間航路が開設され、10月には欧州からの第1船ドイツ帆船が入港する。 居留地外国人7ヵ国470人、兵庫神戸の人口、約25,000人。


略 史
1853年/嘉永6年6月 米国ペリー艦隊が浦賀に来航し開国を迫る。
1856年/安政3年7月 米国総領事ハリスが下田に来航する。
1858年/安政5年1月 ハリスとの間で兵庫開港の交渉がなされる。同年6月19日、幕府は勅許を待たずに、日米修好通商条約を締結する。
1864年/元治元年  勝海舟の建言によって神戸海軍操練所が開設される(元治2年3月に閉鎖される)
1868年/慶応3年3月 徳川慶喜、大阪にて諸外国公使に対して兵庫開港の内諾を与える。
・ 慶応3年5月 兵庫の開港について勅許が決定される。
・ 慶応3年6月6日 幕府は慶応3年12月7日から兵庫を開港することにつき布告する。
・ 慶応3年12月7日 「兵庫」港が開港となる。幕府が諸外国との間で調印した修好通商条約において決められた開港地は 「兵庫」の津であった。しかし、兵庫津の東側に隣接して、天然のすぐれた投錨地のある小湾に面した「神戸」の津が港に 適していることから、開港地は兵庫から神戸に変わった。1892年/明治25年に勅令により開港地は「神戸港」となった。

[画像撮影: 2017.10.6 図絵出典・略史参考: 神戸築港資料館ピアしっくす (Kobe port-building museum "Pier Six"] [拡大画像: x27982.jpg]


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