画像の写真は「神戸築港資料館ピアしっくす (Kobe port-building museum "Pier Six")」に展示される、明治時代の神戸のメリケン波止場
風景である。「明治後期のメリケン波止場」と題するこの写真には次のようなキャプションが付けられている。
1868年 (明治元年) 5月に開港のための波止場2ヵ所が完成した。一つは居留地の西の西端の鯉川尻の第3波止場
(長さ18m、幅11m荷揚げ場)、もう一つは宇治川尻の第4波止場である (第1波止場
は東運上所―現在の近畿地方整備局辺り、第2波止場は西運上所―現在の国産波止場辺り)。
第3波止場は、すぐ傍にアメリカ領事館があったため、俗に「メリケン波止場」と呼ばれた。明治期には、
ここが貿易の中心となり、沖合への本船へはすべてメリケン波止場から艀や通船で行き来していた。
画像は船待ちの人びとで賑わうメリケン波止場、右には手荷物預かり所が見える。
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画像のもう一枚の写真も、「明治後期のメリケン波止場」と題して、同じく神戸築港資料館ピアしっくすに展示されるメリケン波止場
風景である。写真には次のようなキャプションが付けられている。
明治中期からメリケン波止場を利用する船客が増えはじめ小蒸気船の発着場として賑わった。波止場の北側にアメリカ領事館
があったので、メリケン波止場と親しまれるようになった。
この写真は、沖待ちする旅客船などへ向かう小型船の発着所としてのメリケン波止場が小型船を待つ大勢の人で賑わっているところを
よく写しだしている。 [拡大画像:なし]
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「メリケン波止場から見た外国人居住区(明治中期)」。「左からストロング商会、香港上海銀行、スミス・ベーカー商会、
ドイツ領事館、仏国郵船コーンズ商会、英国領事館」と記される。これらの洋館が面する通りは「海岸通」で、その右側には画像2
に写るような港景が広がる。 [拡大画像: x28040.jpg]
[2017.10.6 画像1-3出典: 神戸築港資料館ピアしっくす][拡大画像: x27987.jpg]