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一枚の特選フォト「海 & 船」

One Selected Photo "Oceans & Ships"

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    海風景を求めて/2007年モロッコ旅の行程
    Morocco Trip Route in 2007/Hunting for Seascape






    2007年4月17日(火)

      リヤド→ ジェッダ→ カイロ(Nile Hilton Hotel)

    4月18日(水)

      カイロ→朝・コーニッシュ散歩、ナイル川の遊覧船、ファルーカなどの溜り場・発着場、タハリール橋-ライオン像 のある橋、その橋からエジプト考古学博物館の向こうにある10月6日橋がかかる、 そこを行けばゲジーラ島のカイロタワーに通じる。河沿いには夜に活動する船上レストラン。 アラブ連盟そば?、ミダーン・タハリール(タハリール広場)の西側は大バスターミナル、 ナイルヒルトンの北側にエジプト考古学博物館、ナイル川ほとりのファルーカなど、和田Nile Melodyさんと会合→ カンタラ村の友好の橋、橋上では停車できない、大型船が狭い水路を行く→

      南下してイスマイリア、運河の人・ 自動車フェリー発着場。運河を渡るフェリーは「マアッデイヤ」と呼ばれる→ 数次の中東戦争を記念での メモリアル・パーク→運が沿い国道南下、大モッラ湖では両面通航が可能で、多くの船のコンボイがスエズ、 あるいはポートサイドへ向かう、行き交う光景→ 運河下トンネル、スエズの数十キロ北。

      1980年開通→ スエズ、 運河入り口、ゆっくりと大型船がコンボイで行き交う。西側に荒々しいアタカ山脈、東はなだらかなシナイ半島、 スエズ運河はアフリカとユーラシア大陸を人工的に引き裂く、境界。インド洋と大西洋、地中海と紅海をを結ぶ大動脈。 スエズ湾や沖合いには沖待ちの大型船がまつ。入り口を通過する船の時刻は近場の港湾係官に聞けば教えてくれる。 高い鉄塔があり、その下にインド兵士記念碑。運河通り。スエズでは新鮮な海産料理。市内で昼食sea food 「Suez Fish」という市内の小さな魚料理店で魚、エビなどのフライミックス→カイロへ、事故で渋滞、雨。

      カイロ-それは一言でいえば「混沌」ケイオス、巻き上がる砂塵、砂埃、人・車の大洪水、ひっきりなしに聞こえる クラクションの、ロバの闊歩、モスクの拡声器が突然コーランの朗誦、お祈り・サラーの呼びかけ、響き渡る。 それらが一度にひっきりなしにくる。神経が磨り減る混乱と無秩序、これがカイロの魅力?エジプトを好きになるか 嫌いになるか、この混沌を好きになるかであろう。傍目にはケイ雄に見えるカイロも秩序だって動いている。 1973年第4次中東戦争、1967年第3次中東戦争、1869年運河完成、

    4月19日(木)

      タクシーのレンタルにてサッカーラの階段ピラミッド。高速道路を降りて、ナイル川の肥沃な農業地帯を灌漑 水路沿いに行くとピラミッドが見えてくる。→灌漑水路、一種のトレイユ、渡し舟、仏語でトレイユ。→  ローだ島の南の端にある。アスワンはイダムによって水位が調節できるまでは重要な機能を果たした。Nilometer。 水位標柱。変わった橋。水パイプ。シーシャ? 

      → Old Cairo コプト博物館。→バビロン城→ 聖ジョージ教会 (マリ・ギルギス教会)コプト教会の1つ→ カイロの最も古いモスク、アムル・モスク→ Nile Hiltonの前のボート・ ファルーカ溜りから boating + pictures of egyptian young ladies. → カサブランカ (Atlas Airport Hotel)。→ 空港、 途中サダト大統領が凶弾に倒れた地を通過、モニュメント。警護兵が灯火を見守る

      [参考]traille: n.f.渡し綱[渡し舟を渡すために対岸へ張った綱]; [川に渡した綱に舟を繋ぎ、渡し綱に沿って、 水流を利用して進む]繋留渡し舟、ロープ式渡し舟、係留渡し; フェリーロープ、フェリーケーブル; [漁]曳き網、トロール網、 地引き網.

    4月20日(金)

      カサブランカ Atlas Airport Hotel→ラバト→水利庁、ザムザムwater→ JICA事務所, 畠山所長、徳田所員など→ 上村さん宅昼食→ 午後・ラバト市内観光:ラバト海岸再開発事業がすすむ。ブーレグレグ川 Bou Regreg灯台、 ウダイヤのカスバ Kasba des Oudaias、巨大な門がある、カスバから川の河口にもうけられた突堤、灯台、tourelle、 Tour Hassan「ハッサンの塔」を見る→ ウダイヤ庭園 Jardin Oudaias, アルハンブラ宮殿に似た造り。

      → メディーナ Medinaを通って、ホテル Safirへ、→ ハッサンの塔、ムハンマド5世の霊廟 Mausole'e Mohammed V。
      [参考]tourelle: n.f.[海軍]司令塔、展望塔; [軍][軍艦・要塞などの]砲塔; [城などの張り出し式の]小塔、 櫓(やぐら); [戦車などの]銃座; 機関銃座; [旋盤の]タレット

    4月21日(土)

      ラバト→Asilah のメディナ Medina:カスバ門 Bab Kasbah、かつては広大な海浜に掘り込み式の漁港・木造船の 骨組みキール肋骨など、レストランでサラダ+魚の揚げ物など昼食→ タンジール:フェリーターミナル、 ここ Tanger からスペインの Algeciras アルヘシラス、Tarifa、英国領 Gibrartar ジブラルタル、などへフェリー、 タリファへは高速船で35分。

      タンジェ湾 Baie de Tanger, Détroit de Gibrattar ジブラルタル海峡,グラン・ソッコ Grand Socco から200~300m坂道、 カスバのカスバ門 Bab el Kasbah、フェリーターミナル見下ろす、メディーナ、モロッコ博物館 Musée de la Kasbah、メディナをうろうろ、もとのグランソっ子、プチ・ソッコ、回転式大砲など→グランソッコ → Ibis Hotel。

    4月22日(日)

      タンジェ港から 09:00発Tarifa行きカタマランタイプの高速フェリーで35分。www.frs.es。11:00発の 折り返し便で→ ジブラルタル海峡を行き交う多くの船→ タリファ、日本船籍の船。灯台、マリア像? → タンジェのムハンマド5世通り Blvd. Mohammed V,さらにパスツール通り Blvd. Pasteur の先にフランス広場 Pl. de France の 近くにある大砲のある展望台→ Cap Spartel スパルテル岬、タンジェの西15km アフリカ; 灯台1864年 点灯-アフリカ大陸北西端で大西洋と地中海との堺の海→

      ヘラクレスの洞窟 Grottes d'Hercules 洞窟内の岩の裂け目がアフリカの地図の形をなす,貝の壁家。洞窟は石灰岩、 内部の壁には石臼が切り出された丸い切り跡、まるで椰子の木を表面,洞窟テラス、大西洋見ながら磯でサーフ フィッシング、タジン [参考]le tajine: 伝統的な煮込み料理、野菜ジャガイモニンジンタマネギなど、羊肉鶏肉など、 陶製のなかに材料、同じ三角形の蓋をしてサフランなどでスパイスで弱火でじっくり煮込む。画像あり。 スパイス→ ラバト。
      ヘンナ henne: ミソハギという植物の葉から採れる赤茶色の染料で髪を染めたり手足に模様をつくる

    4月23日(月)

      ラバト、ハッサンの塔、ムハンマド5世の霊廟、ウダイヤ、灯台→ Skhour-Rehamna村で昼食、羊肉の挽肉からなる モロッコ料理、サボテンで羊飼育盛ん→マラケシュ Marrakech、Ryad Mogador Hotel→コブ門 Bab Nkob → 伝統工芸館 Ensemble Artisanal → ミナレット=クトゥビア Koutoubia、約65mのミナレット、1192年に ミナレットが完成。なお木製の1200年代の?説教壇があったのはこのクテュビアで、ここからエル・ バディ宮殿の地下牢のそばのホールに移され展示されている→ ジャマ・エル・フナ広場 Place Djemaa el Fna → ホテル。

      [参考]les brochettes: ブロジェット、炭火で焼く串焼きのこと、羊肉の場合はカバブ、挽肉にしたものはケフタという。 広場にはヘビ使い、夕方屋台で一杯、あちこちで大道芸、アクロバット芸、ベルベルダンス、水売り、 釣り竿の先に着いた輪をジュースなどのビンに引っ掛けるゲーム講釈師、ヘンナ描き、薬剤売り、ジュース売店、 ジャマ・エル・フナとは「死者たちの広場」の意味、かつては公開処刑場だったという。いまでは芸術家・ 大道芸人の広場??

    4月24日(火)

      大池の庭園「メナラ庭園」Jardin Menara、12世紀に造られた広大な庭園。中央に貯水池あり、まわりはオリーブの林。 → 大パティオのある宮殿「バイア宮殿」Palais de la Bahia →「Palais el Badi」エル・バディ宮殿。アサード朝の アフメド・アル・マンスール王が建造した宮殿。後に別の王朝によって破壊。王の謁見の間、地下牢など廃墟同然で 残されている。

      城壁から市内、オート・アトラス山脈など。高い城壁で囲まれた王の謁見の間がある+クツビアから 移され展示される木製のイスラム教の説教壇の城塞 →「アサード朝の墳墓群」Tombeaux Saadiens。アサード朝 1549-1659年の代々のスルタンが葬られている大墓廟群 → アル・マンスール・モスク(カスバ寺院)アサード朝の 墳墓群の入り口にそびえる塔、ムラービト朝の12世紀に建造されたとされる → アグノウ門 Bab Agnaou  安宿街を通って → フナ広場→ テラス・レストラン、多分「Caf・Gracier」の3階で昼食、広場を見下ろす →  Vallée de l'Ourika「ウリカ渓谷」のOurika川を遡りへ行く。

      1995年大洪水、何千人も死んだ、警報装置JICAの協力もあって。終点からトレッキングでSetti Fatmaセティ・ファティマでは7つの滝・ 標高1500mある。さらに遡るとトゥブカル山を源流とする 雪をいただくオート・アトラス山脈の最高峰J. Toubkal山を源流→ フナ広場→ モハメッドVI通り (かつてはフランス通り) のcafeteria + spaghethi.

    4月25日(水)

      マラケシュ → argan の木に登るヤギ→エッサウイラの30km手前の村のワイナリー Le Val d'Arganにて 赤ワイン6本、マルカは画像→ Essaouira エッサウイラ漁港→「海の門」Port de la Marine → 漁港内の造船所 → 港では次々と 漁獲物を氷詰めにして保冷車へ積み込み、漁船員たちが陸揚げ共同作業、次の出漁に備えて漁具手入れ、 漁網の仕立て、網の修繕など、網のなどに → 海側の城壁の路地に沿ってスカラの方へ。

      [参考]スカラ(Skala de la Kasbah)とは絶壁に突き出した城塞で、海に向けて大砲を配置した見張り台のこと。1769年アラウィー朝の スルタンのよって建造。& Bastion Nord 「スカラと北稜塁の展望台」大砲のあるテラス稜塁 → ムーレイ・エル・ハッサン広場 Pl. Prince Moulay el Hassan にぎやかな広場、そばには魚介類、海鮮料理専用の多くの屋台スタンドがたち観光客 などで賑わう。

      エッサウィラの寄木細工工芸の歴史は古い、古代ローマ時代から続く。船の細工あり。 主にトゥイヤ Thuya という針葉樹が使われる → 海の門 → 漁港 網修理など→ 時計台、 スバア門 Bab es Sebaa → Hotel d'Illes プール → 漁港そばの貝でできた館・レストラン「Le Coquillage」で昼食、 鴎、seafood restaurant貝のデコレ → Safiサフィ、リン鉱石処理加工場のある町 → エッサウィラから 数10kmの海岸線沿いの街 Beddouzaの「Cap Beddouza」に立つ灯台、ミナレットのような緑色の館 → El Jadida の Ibis Hotel。
      かつて16世紀ポルトガル人は大西洋沿岸の港町に城塞を築き支配。城壁の上には円形、四角形の稜堡と呼ばれる 見張り台を建てた。

      [参考]tourelle: n.f.[海軍]司令塔、展望塔; [軍][軍艦・要塞などの]砲塔; [城などの張り出し式の]小塔、 櫓(やぐら); [戦車などの]銃座; 機関銃座; [旋盤の]タレット

      これはあの小さな2-3人用見張り台のこと、あるいはスカラという、要塞の例の丸い....画像あるから見よ... かなり大きな突き出した城塞で海ぬ向けて大砲を配した砲床(見張り台)のこと。

      [参考]bastion: n.m.[城]稜堡(りょうほ)[変形5角形の要塞突出部]; 防塁(ぼうるい)、防塞(ぼうさい).仏語

    4月26日(木)

      El Jadidaアル・ジャディーダ 朝、海岸・コルニーッシュ散歩、サッカー少年、金属探知機でのコイン探査→  漁港+造船所、赤い小舟たくさん→分厚い板切れを船の肋財など部材にあうようにメジャー、カッティングなど作業、 ペンキ、溶接、修理など画像をまとめる → 漁港に戻って、再度造船所へ → ポルトガル支配時代の城壁に囲まれた 旧市街メディナ(「ポルトガル旧市街」Cité Portugaiseの wall から造船所、漁港見下ろす絶景。

      1502年ポルトガル人によって作られたメディナ。ポルトガル時代の教会もある。要塞の四隅にはそれぞれ稜堡Bastionがある。 → 漁港側にある海に面する稜堡、大砲あり、そこから飛び込み少年 → ポルトガルの貯水槽 → ロバ・タクシー →  ホテル → 再度、造船所、例のレストランで昼食、堀のボート写真、ヘイエルダール写真、→ 街の高台の灯台 → カサブランカ。

      アズムール、エッサから北へ17km。ウム・アル・ルビア川 Rivière Oum er Rbia のほとりそい、ポ人が 16世紀にエッサ、アル・ジャディダ、サフィなどを支配していた16世紀に約30年間短期間住み付いた。 川の橋からカサブランカに行く途中そいにメディナが眺め最高。

      カサブランカ市内:カサブランカ港、Port de Pêche漁港も一緒 → ハッサン2世モスク Mosquée   Hassan II、→ 灯台 → 映画「カサブランカ」(主演:ハンフリー・ボガートとイングリット・バーブマン) の映画にでてきた「Rick's Café@American」の舞台となった 撮影場所となった。Casablanca Hayatt Regencyの1階ロービーに隣接するバー。ここは、その「Rick's Café@American」があったところ。 今では全く面影なし。→ 鉄道駅・上村夫妻→ 韓国レストラン→ 空港。

    4月27日(金)

      → カイロ→ リヤド。

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