一枚の特選フォト「海 & 船」


One Selected Photo "Oceans & Ships"

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新潟県村上市のサケの博物館「イヨボヤ会館」(総覧) [内水面漁業資料館「イヨボヤ会館」]

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2 「イヨボヤ会館」全景を見る。

画像は新潟県村上市の内水面漁業資料館「イヨボヤ会館」(Iyoboya Hall)である。日本で初めてのサケに特化した博物館とされる。 地元では、サケを「イヨボヤ」と呼んでいる。「イヨ」も、「ボヤ」も、魚を意味する。「イヨボヤ」とは「魚の中の魚」、つまりサケを 意味することになる。

江戸時代中期のこと、村上藩の下級武士であった青砥武平治(あおとぶへいじ)(正徳8年~天明8年、1713~1788年)が、 サケの回帰性に着目し、世界で初めてサケの自然ふ化増殖を行なう「種川(たねかわ)の制」を考案した。会館では青砥が考案した 先駆的アイデアとその事業についても紹介する。

彼は、村上藩域内を流れる三面(みおもて)川の中に「種川」というサケの産卵に適した緩い流れの人工の川(分流・ バイパス)を造り、そこにサケの産卵場を整備した(整備は1763~1794年のこと)。サケの自然産卵・ふ化・生育に適した環境を 整えることで、サケの自然産卵・ふ化・生育量を増やそうとした。そして、春季には、この分流で生育したサケの稚魚を本流に戻す というシステムを構築した。かくして、村上藩は三面川での「種川」の開発によって、サケの自然産卵・ふ化・生育を助け、 その増殖に成功をおさめ、藩の財政を潤すことになった。

「イヨボヤ会館」の館内の地下通路・サーモンロードを伝って、「三面川鮭観察自然館」という生態観察室(地下1階)へと辿ることが できる。そこには、三面川の分流「種川」に沿ってガラス窓が幾つか設置され、サケが遡上するところなどをガラス越しにリアルに観察、 することができる(三面川の種川には毎年秋にサケが遡上する。運が良ければ、10~12月にサケの産卵シーンを観察できる)。 また、サケ以外の様々な魚が生息するシーンを観察できる。

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3. 館内展示の一コマ。城下町・村上では、その昔切腹を忌み嫌い、「止め腹」という独特の切り方でもって腸を抜き出した。 そして、年の初頭から、頭を下に向け、寒風の下、家々の軒下に吊るして干すという風景が見られた。このサケは「塩引き 鮭」と称される。
4. 吊り下げられた「塩引き鮭」は村上の冬の風物詩である。塩引き鮭の写真をもって村上の風物詩などを紹介する観光ポスター (一部)。


さて、このサーモンパークでの主な展示テーマは以下の通りである。

・ サケのミニふ化場(淡水魚展示)/1998年開設; サケから採卵して、人工孵化と放流を行う事業に先駆的に取り組んできた町として 名高い。
・ 村上藩士・青砥武平治記念コーナー/村上藩士・青砥が考案した先駆的アイデア「種川の制」とその事業について紹介。 サケの回帰性に着目し、世界で初めてサケの自然ふ化増殖を行なった。 ・ 三面川における過去・現在のサケ漁・漁具漁法(居繰り網、刺網、ヤス、投網、たこ網など)を紹介する。
・ 世界のサケとマスの属種とその生態/回遊と母川回帰について。
・ 村上の歳時記について。
・ 村上のサケのいろいろな食文化について。

1878年には日本初のサケの人工孵化と放流を行い、6年後には年間73万匹ものサケを捕獲したという記録がある。

    三面川で行われる漁法
    ウライ漁: 川幅一杯にウライを設置し、ここに落とし柵を設け捕まえる漁法
    居繰網漁(いぐりあみりょう): 2艘の船の間に網を張り、もう一艘の船でサケを追い込み獲る漁法。
    刺網漁(さしあみりょう)
    テンカラ漁
    持ち網漁(もちあみりょう): 種川の柵を利用してサケが遡上しやすい魚道を造り、そこに持ち網を仕掛ける。 サケがその網に入ると引き揚げる漁法。現在この漁は行われていない。
    地曳網漁(じびきあみりょう): 川幅一杯に網を張り、一度に多くのサケを獲る漁法。現在も行われている。
    お浚い(おさらい): 種川では産卵を終えた鮭を獲る漁のこと。現在この漁は行われていない。

[撮影年月日:2020.10.25/撮影場所: 新潟県村上市の内水面漁業資料館「イヨボヤ会館」/新潟県村上市塩町13‐34/ 電話:0254‐52‐7117/JR村上駅から徒歩で約25分]
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