展示パネルによると、近世以前においては、福島県では請戸(うけど)、小名浜など一部を除いて、砂浜の小港が殆どであった。
そして、漁師たちは「伝馬船(てんません)」、あるいは1~2人乗りの「一貫丸(いっかんまる)」と称される
小さな手漕ぎ舟を操り、海岸近くの磯を漁場にして漁をしていた。漁労は一本釣り、延縄、引鉤(ひっかぎ)、
潜水漁などで、スズキ・アイナメ・ヒラメ・カレイやホッキなどの貝類を獲っていた他、ワカメのような海藻も盛んに
採取していた。だが、近代以降の浜通りでは、漁船・漁具の発達や漁港整備、砂浜の減少とそれに伴う沿岸補修
などによる潮流の変化や漁場の転移と相まって、古来からの伝統漁法は殆ど見かけなくなったと記されている。
画像1の伝馬船は、双葉郡浪江町請戸という浜通りの漁村で用いられたもので、一人乗り用の漁労船である(二人乗り用の
やや大きいものもある)。相馬地方では「一貫丸(いっかんまる)」とも呼ばれてきた。ミヨシと呼ばれる船首の内部には「船霊様
(ふなだまさま)」が祀られることがある。漁場との往復には帆を立てた。主にスズキ・アイナメなどの一本釣り、季節によっては
ヒラメ掻き・ワカメ採り・タコ漁なども行った。
[撮影年月日:2025.11.24./場所: 福島県立博物館 (Fukushima Museum)にて]
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石碇(いしいかり)(相馬市磯部)。
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6. ウナギかき(相馬市磯部) 7. ねじり棒(ワカメとり)(相馬市磯部)
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「船霊様」(浪江町・請戸)