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    第13-2章 究極の異文化の国サウジアラビアへの赴任(その2)
    第5節 南欧・地中海沿岸(マルセイユからベニスまで)の海洋博物館を探訪する


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      第1節: エジプト・ナイル川で戯れ、スエズ運河で昔の夢を想う
      第2節: モロッコの海と港を巡り歩き、ジブラルタル海峡の横断に感涙する
      第3節: バイキングの故郷・北欧諸国への探訪(1)/ストックホルム、オスロ
      第4節: バイキングの故郷・北欧諸国への探訪(2)/ベルゲン、コペンハーゲン、ハンブルグ、アムステルダム
      第5節: 南欧・地中海沿岸(マルセイユからベニスまで)の海洋博物館を探訪する


      序章~第12章 | 第13章  第14章 | 第15章~最終章



  アラビア半島の時計回りの旅は続く。サウジアラビア赴任2年目になって、一旦時計廻りの旅を中断し、長期休暇取得制度を利用して、 家族と共に北欧へと足を伸ばした。そして、その後は計画通り時計回りに、シリア、イラク、クウェート、イラン方面へと旅を続けたかった。だが、いずれもJICA内規で私的 旅行は御法度、そこで半島と北欧との延長線上のほぼ中間にある南欧のコートダジュールとリビエラ海岸にその針路を見定めた。 南欧の地中海沿いの海に憧れ、またモナコの「海洋博物館」を赴任中には是非訪ねたかった私にとっては、本音で言えば願ったり 叶ったりの針路変更であった。

  2006年12月26日から翌年1月4日までの年末年始休暇と有給休暇を活用した。年末年始休暇をメインにして、 わずか数日の有給休暇をプラスしてのことであった。同僚所員らとの休暇取得時期と十分調整を図ったことは言うまでもない。 かくして、ずっと憧れの的であったコートダジュールを含む南欧地中海沿いの諸都市をようやく旅することになった。 後で知ったことだが、コートダジュールとはフランスのトゥーロンを西端にしてイタリア国境までの地中海沿岸を言うらしい。 そこからジェノバ辺りまでがリビエラ海岸となるという。

  こうしてリヤドを起点にした時計回りの旅は、少し西寄りに「針路」を戻しつつも、半径距離については中東から大幅に 伸び、南欧沿岸まで遠出することになった。マルセイユを起点に、先ずニース、カンヌ、モナコなどの諸都市、さらには ジェノバやベネチアのかつての中世海洋都市国家に足をのばした。短期であってもまだ見ぬ南欧の地中海沿岸を散策できること は至福であった。イタリアの幾つかの目ぼしい海洋博物館も巡りながら、海と船の風景の中で戯れた。特に世界的に有名な「モナコ 海洋博物館」は憧れの的であり、訪問目標の筆頭であった。12月26日、リヤドからフランクフルト経由でマルセイユに向かった。

  マルセイユは美しい港町であった。マルセイユの空港に下り立ち、路線バスで市内に向かった。終着のバスターミナルで下車、 その足で旧港(Vieux Port)のある方向を見定めながら坂道を下り、目途のホテルに辿り着いた。街に出掛ける準備を手際よく整え、 旧港方向に足を進めた。旧港を起点としながら土地勘を養うためであった。先ずは旧港のウォーターフロントの地中海的海景 を眺めたかった。旧港はマリーナと沿岸漁港として利用されていて、船溜まりには大小各種の多くのヨット、クルーザー、小型漁船 などが係留され、南欧のさんさんと降り注ぐ陽射しの下、地中海の明るく華やいだ雰囲気を醸し出していた。 マリーナの岸壁沿いにぶらぶらと港口辺りまで 歩き回った。「砂漠の国」から来た「異邦人」にとっては、最高の目の保養と酸素補給であった。潮風を頬に受け、そして海の 香りに満ちた空気をしっかりと吸い込みながら、南欧の「文明と文化」に包まれて暫しの至福の時を過ごした。

  翌日朝方に、もう一度旧港のウォータフロントに出掛けた。漁から戻って来た何艘かの漁労ボートが岸壁に横付けとなり、獲って 来たばかりの魚介類を水揚げしていた。岸壁傍の広場では、その新鮮な魚介類を売る朝市が開かれていた。売り子たちはタラ、カレイやエビなどを1メートル四方の プラスティック製トロ箱の氷水に浸し、それを簡易の屋台に並べて威勢よく売りさばいていた。その傍ではマルセイユの例の有名な ブイヤベースを客に勧めていた。太っちょ漁師が漁労ボートの船上で刺し網などの漁具の手入れに余念がなかった。 クリスマスも近いこともあってか、どの漁師の顔にもスマイルが溢れていた。

  旧港の岸壁に沿って港の入り口方向へと足を運ぶと、「サン・ニコラ要塞(Fort Saint Nicolas)」を間近に見上げるようになった。 その昔、港を海賊や敵船から防御していたのであろう。その要塞の対岸の高台には「サン・ジャン要塞(Fort St-Jean)」が建ち、 両要塞が港口の両サイドから睨みを効かせていた。港口の先には地中海が大きく広がる。そして、航行から数海里の沖合には デュマの小説「岩窟王」で有名な「イフ島(Ile d'If)」が浮かんでいる。その「イフ島」を最も間近に見通せる岬までもう少し 足を伸ばし、その岬の絶壁に立ってイフ島を遠望した。イフ島には主人公のモンテ・クリスト伯が入っていた牢獄がある。

  マリーナ界隈を歩き回り疲れてはいたが、住宅街の家々のクリスマス飾りに誘われて坂道をはうようにして登り続けた。 その見上げる先の小高い丘の上には「ノートルダム・ド・ラ・ギャルド寺院」が建つ。 大寺院は丘上にそそり立つので、市街のどこからでもその荘厳な姿を目にすることができた。そしてまた、大寺院からはマルセ イユの街全体、360度のパノラミックビューを見ることができた。オレンジ色とレンガ色の二つの彩色で統一された家々が ぎっしりと詰め込まれ、まるで超巨大なジオラマを観るようであった。その美しい街並み風景は生涯忘れることはないものの 一つとなった。眼下にはマルセイユのプロサッカーチームの練習ピッチもピンポイントではっきりと見えた。遠くには起伏の緩やかな山並みが連なり、 そこはオリーブが生えた緑の絨毯が波打っているかのようであった。しかし、グリーンよりも茶色系統の山肌が多く露出している ところもあり、いわば穴だらけの絨毯と言えた。北の山並みのバックにはブルースカイが、その逆の南の方角には地中海の 紺碧の海が広がる。大寺院からのそれらのパノラマ的景色の美しさに魅了され、小一時間も戯れていた。眼下にはまた、旧港全景だけでなく、 大型客船などが停泊する新港や、その界隈に建つ大聖堂なども眺望できた。

  先ず、旧港から徒歩15分ほどの距離の内陸部にある「マルセイユ海洋・経済博物館」を訪ねた。フランスの本格的な海洋博物館の 見学は事実上初めてであった。いつの旅のことか全く思い出せないが、パリのセーヌ川を見下ろす「シャイヨー宮」にある「海洋博物館」 に立ち寄ったことがあった。数多くの戦列艦の大型模型の展示に圧倒されたという記憶だけが残る。だが、何故だかそのことくらい しか記憶がない。夢の中で見たのではないかと思えるほどである。館内での写真撮影が禁止だったのか、当時の写真が一枚も残っていない。さて、 マルセイユの海洋博物館の広い館内をじっくり時間をかけて巡覧した。20砲門を備える19世紀のコルベット艦や、19~20世紀の 遠洋航路定期船・油槽船・貨客船・外輪船などの各種汽船の模型、木造帆船の船体構造模型やハーフモデル、マルセイユ港の昔の波止場を描写する風景画、 19世紀の機帆船の絵画、六分儀・望遠鏡などの古航海用具、年代ものの潜水用具や船首像などが展示されていた。

  最も印象に残った展示品は、16~18世紀にかけて、マルセイユの都市が港を中心に整備されてきた歴史を知ることができる 古い絵図の数々、1935-42年頃にル・アーブルとニューヨーク間の大西洋横断定期航路に就航していた、当時最も豪華な客船と 称えられた「ノルマンディ号」の大型模型、また1785-93年頃に活躍した、片舷60砲門を装備した荘厳で優美な大型武装商船 の模型など、大いに魅了させられた。フランスならではの独自の陳列品も数多く巡覧することができた。屋外では「コメックス」 という実験用潜水砲塔らしきものが展示されていた。

  その他事前に見学リストに列挙しておいた博物館を訪問しようと、寸暇を惜しんで駆けずり回った。まず、旧港のすぐ近くに あるローマ時代の遺物を展示する「ローマドック博物館」を訪ねた。遺物は古代ローマ時代の船着き場の跡地から発掘された。 アフリカ北岸を含む地中海の他地域から運ばれてきた魚類、穀物類、果実類 などが、アンフォラなどに詰め込まれた商品である。各地へ海上輸送され、また各地から運び込まれたことを示している。 それらの商品を貯蔵・保管する何百体もの大型貯蔵用の壺(アンフォラ)が船着き場の隣接地から発掘された。その発掘現場をはじめ、 桟橋に係留されれていたローマ商船を復元するジオラマが陳列される。ローマ時代にはいろいろな形や大きさのアンフォラが用途に合わせて使われた。 アンフォラはワインや塩漬けにした魚類などの運搬・貯蔵にも使われた。マルセイユ近隣のそんな船着き場や沿岸海底から発掘された というアンフォラが用途別に大きく3つに類型化され展示される。 また、引き揚げられた釘類、食器類、古代の錨などが展示される。現代では考古学的知見が進歩していて、古代アンフォラが陸地や 海底で発掘されると、その特徴などから生産年代や生産地が同定されるらしい。

  また、「マルセイユ歴史博物館」へも足を運んだ。ローマ時代の木造帆船が部分的に復元され、その船舶構造を学ぶことができる。 積載されたアンフォラで埋め尽くされた船艙のジオラマ、海底から発掘された船底キールの部分的展示などを通して、ローマ時代の船舶構造 や海運史を学ぶことができる。博物館は「ブルスセンター(Centre Bourse)」というショッピングセンターの地下1階にあって、非常に見つけにくかった。 中核の展示はBC3~2世紀の古代ギリシャ時代のマルセイユを再現する大型ジオラマである。現在の旧港の周囲、特に西側のウォーター フロントとその後背地区に発展したことを示しているようだ。かつての入り江(現在の旧港)奥の西側にはガレー船の屋根付き造船・ 修理工廠があった。入り江内には数多くのガレー船や商船が浮かんでいた。入り口西側突端には城塞が造営されていた。 なお、旧港地区から数kmほど離れた山手に建つ「自然史博物館」にも立ち寄ったことだけを記しておきたい。

  かくして、マルセイユを後にして、ニースをめざした。マルセイユから数10km先の地中海沿いのトゥーロンにある「海洋博物館」 に立ち寄りたかったが、旅程の都合で止む無く素通りしニースへ直行した。ところが現地で、 ニースの「海洋博物館(Galerie de la Marine)」は閉館したことを知りがっくりした。しかし、カンヌに新しく海洋 博物館が創建されているとの情報に接した。カンヌへは翌日引き返すことにした。その日はお上りさんになって、テレビ番組で よく映し出されるニースのコルニッシュ(海岸通り)沿いにそぞろ歩きをした。ニースのコートダジュールは、意外なことに、 砂浜ではなく小石ばかりでできた海岸であることに正直驚いた。 海辺で思い思いに戯れる大勢の観光客に混じって、地中海の潮の香りを満喫しながら贅沢な時間を暫く過ごした。 海岸通りの先にある岬を回ってみると、背後から山が迫る奥行きの深い峡湾となっていて、そこは美しいマリーナがあった。数多の豪華なヨット やクルーザーが繋がれ、まさに華やかなコートダジュールの風景がそこにあった。その後「ニース自然史博物館」の近くを経て、 ニース駅前の投宿中のホテルに戻って、明日からの旅のプランを練った。

  翌日ニースから列車でカンヌへ戻った。カンヌ市街中心部を通り抜け、旧港の「埠頭ロービュフ(Quay Leaubeuf)」へ向かった。 そこからフェリーですぐ沖合に浮かぶルラン諸島(Iles de Lérins)の一つの「セント・マーガレット島」 へ渡った。上陸後「フォート・ロイヤル」へ足を運んだ。ロイヤル要塞の一部が「海洋博物館」へと、新館のように改造されていた。 主には紀元前1世紀から後10世紀に沈没した船から引き揚げられた考古学的人工遺物が展示されている。じっくり館内を見学すること ができ、ニースとカンヌでの博物館巡りに少しは満足感をえることができた。さて、再びニースに戻ったが、未だ日没まで時間が あったので、「自然史博物館」を見学することにした。魚類・貝類・軟体動物などの剥製標本、海洋哺乳類の骨格標本、魚貝類の 化石などの展示を巡覧し、マルセイユに次いで実りある「自然史博物館」見学となり、またたくさんの画像を切り撮ることができた。

  その後12月30日、ニースからモナコへ向かった。モナコのモンテカルロ駅は、山陽新幹線の新神戸駅のようにトンネル内にあった。 たまたま駅ホームの後方側の改札口から出て、「フォンヴィエイユ(Fontvieille)」地区へと歩を進めた。それが幸いした。急な 勾配の斜面には何層かのテラスが造作されていて、どのテラスからも眼下に海を見下ろすことができた。各層のテラスには 瀟洒なレストランやカフェが建ち並んでいた。その一角で偶然にも「船の博物館(Musée Naval)/所在: Les Terrasses de Fontvieille)」 を見つけた。訪問予定リストにはなかった博物館であった。折角なので館内へ足を踏み入れてみたところ、びっくり仰天の博物館であった。 歴史上著名な船の洗練された模型ばかりで、どれをとっても精巧に製作され、モナコで展示されるに相応しく選び抜かれた見事な 模型ばかりであった。目を見張るような展示に驚嘆を禁じ得なかった。古代ギリシアやローマをはじめ、日本・中国・韓国などの 東アジア諸国の軍艦船、潜水艦、帆船、客船、その他「タートル」という卵型をした人力式潜水機、ローター船、1~3段櫂船などの 模型が、それでさえ狭い館内に所狭しと溢れんばかりに陳列されていた。


  下記リストは「船の博物館」に展示される主要な模型の一例である。
    ・ 古代フェニキアのガレー船や商船模型
    ・ 古代エジプト・ハトシェプトの船模型
    ・ 紀元前14世紀の古代ヘブライの商船模型(navire marchand hebreu, XIV siècle avant J.C.)
    ・ 紀元前300年の古代ギリシアの商船模型(navire marchand grec, 300 ans avant J.C.)
    ・ 古代ギリシアのガレー船多数、またガレー船の一種である片舷25オール装備のペンテコンター(pentecontor、pentekonter)の模型
    ・ 「レパントの海戦」におけるドン・フアン・ドトリシュ提督の座乗艦(ガレー船)
    ・ 古代ローマ時代のアンフォラなどを積載した商船模型
    ・ 紀元後1世紀の古代ローマの貨物船模型(Epave de St Gervais, navire de charge romain du 1er siècle)
    ・ 古代ローマ時代の輸送船模型
    ・ カラック船「La Grosse Caraque」模型
    ・ ポルト・ワイン運搬船模型(ドゥーロ・Douro川でポルトのワイン樽を運搬する船)
    ・ 北前船模型、
    ・ 古代韓船の模型。韓国の亀船
    ・ 中国のジャンク船模型
    ・ 全装戦列艦「Soleil Royal」の模型(1669年進水)
    ・ 1776年のブッシュネルの潜水艇模型
    ・ 1798年のフルトンの「ノーチラス号」模型
    ・ 米国軍艦「モニトール号」模型
    ・ プレドレッドノートの戦艦「ポチョムキン」模型
    ・ デンマーク航海訓練帆船「Denmark」模型。1932年進水、390トン
    ・ 4本マスト縦帆船「Esmeralda」模型(1952年進水、チリ海軍訓練船)
    ・ 「レオナルド・ダ・ヴィンチ号」の模型
    ・ 戦艦「大和」模型
    ・ 1972年米国空母「ニミッツ」(Nimitz CVN 68)の大型模型
    ・ ローター船「Alcyone - La Fille du Vent」模型
    ・ ヘイエルダールの「ラー号」の模型(Le Rá de Thorn Heyerdahl)
    ・ 1980年より「The Cousteau Society」は、風をエネルギー源として利用し経済的に推進することをテーマに開発を重ねて きた船
    ・ バイキング船、大西洋横断豪華定期客船「France」模型、「Titanic」模型。タートルの潜水具

  模型を一点一点丁寧に切り撮れば丸1日を要するほどであった。見学リストにはなかった予定外の博物館見学で時間を大幅に費やしていては、肝心 要の「モナコ海洋博物館」を見学する時間が無くなってしまうと、後ろ髪を引かれながら1時間ほどで博物館を切り上げた。そして、 世界的に有名な「モナコ海洋博物館と水族館(Musée Océanographique de Monaco et Aquarium)」へと急いだ。「Place d'Armes」から 狭い石畳の坂道を200mほど上がると「モナコ大公宮殿」に出た。「ヘラクレスの門」から絵葉書に見るような華麗なマリーナ を見下ろした。その背後にはモナコ公国の山々が迫り、その急斜面の山腹には瀟洒なリゾート風邸宅などが建ち並ぶ、モナコの 代表的な風景がそこにあった。そのマリーナの対面のモンテカルロ地区には「グラン・カジノ」の他、一般車道を利用して開催される F1自動車レースのコースが家々の隙間から垣間見ることができた。

  さて、生きている間に一度は訪れてみたかった「モナコ海洋博物館」の重厚な館の前に立ち、のけぞるようにそれを見上げた。 地中海を180度眺望できる断崖上に建っていた。石造りの重厚な建物である博物館を何度か海洋図鑑などの写真集で拝見していた。入場券を買い求め一歩館内に足を踏み入れた瞬間、積年の夢が叶った ことに感激し、全身に鳥肌が立った。館内に入るとすぐにコロンブスの旗艦「サンタ・マリア号」の縮尺10分の1ほどの精巧な大型 帆船模型がどっかりと鎮座していた。その隣には、1774年アメリカのデーヴィッド・ブッシュネル(David Bushnell)が創造した、 樽型潜水機の実物大の「トータス号(Tortoise)」があった。樽型の潜水機に一人乗り込み、足と手でプロペラを回転させて進む仕掛けになっている。 書物でしか見たことがなかったが、その復元機を見た時は思わず感嘆の深いため息をついた、最も感銘を受けた展示品の一つであった。

  「モナコ大公アルベールI世」らは、1800年代後期から1900年代初期にかけて、研究調査船「Princesse Alice I号」や「同 II号」、 「Hirondelle I号」や「同 II号」などで海洋調査に従事した。館内には数多くの当時の海洋調査機器が展示される。例えば、 転倒式水温測定器、採水器、各種プランクトン・ネット、海流測定器、海中透明度を測るための円形のセッキ―板、 スペクトル写真機、フォーレル海水比色計、調査用漂流瓶、雨量計、1892年のリチャードのアネロイド式気圧計、いろいろ な海洋科学観測装置や器具類、各種の測深用具、プランクトン観察顕微鏡、ヘルメット式潜水服、各種の航海用具(セクスタント、 各種の古式コンパス、クロノメーター)や1869年の測地用経緯儀(テオドライト)、その他リチャード気圧計を含む海洋学調査の 器具などである

  その他、「Princesse Alice I号」、「Hirondelle I号」や「同 II号」、「カリプソ号(Calypso)」その他の海洋調査船の大小模型、 船舶絵画、魚類・軟体動物・甲殻類・海洋哺乳動物などの多数の標本や魚類化石が陳列される。 海洋化学分析・生物解剖などのための「Hirondelle II号」の船内ラボを精巧に再現したジオラマ、 その他、「大公アルベールI世」をはじめとする、海洋調査船の科学者による調査研究の数々の成果を取りまとめた報告書・研究図書など が陳列される。

  展示ホールは2階まで吹き抜けになっていて、2階の周縁部には回廊があり、マッコウ鯨や超巨大プランクトンネット、 水中捕獲用の筏、鯨捕獲用の各種投げ銛、「Prince Albert I世」が使用した鯨類捕獲用の数多くの銛類などが、吹き抜け空間に吊り 下げられている。また、イッカク、オルカ、"long-finned pilot whale", ハナゴンドウ(Risso' dolphin)、アカボウクジラ(Cuvier's beaked whale)、マッコウクジラ(cachalot)などのクジラ類の各種骨格標本、各種サメの剥製標本も吊り下げられている。 その他のクジラ関連展示として、鯨鬚、クジラの歯や顎骨への彫刻品(スクリムショー:船乗りが楽しみや慰みのために刻んだもの)、 捕鯨砲、捕鯨ボートの他、マッコウクジラ(sperm whale)の全身骨格標本、魚類や軟体動物・甲殻類などの数え切れないほど の標本が整理整頓され陳列されている。午前中に入館して閉館になるまで巡覧し画像を夢中で切り撮った。 結局、水族館をじっくり見学する時間がなくなり、ほんの束の間だけ足を踏み入れただけであった。実に見応えのある博物館であった。

  翌日モナコを発って、列車で中世海洋都市国家ジェノバへと向かった。列車はフランスのコートダジュールからいつの間にか国境を越え、 イタリアのリビエラ海岸を快走していた。列車から眺めるリビエラの海岸線もまた、コートダジュールに劣らず、 絵葉書になるような海景の連続であった。初めて見る私にとっては、道中延々と魅了され続け、飽きることのない列車の旅となった。 ジェノバに到着後予約しておいたプチ・ホテルを探し出し、首尾よくチェックインした。夕暮れまではまだ少し時間があったので、 すぐに散策の身支度を整え街に出た。地図を頼りに旧市街地方面へと向かった。そして、旧市街地へのゲートウェイである 「ソプラーナ門(Porta Soprana)」に何とか辿り着いた。「バルバロッサ皇帝フリードリヒI世(神聖ローマ皇帝)」からジェノバ を防御するために、1155年にジェノバを取り囲む城壁が建設されたが、それ以降ソプラーノ門は西側から城壁内に入る入り口であった。

  ソプラーノ門のすぐ手前に「クリストファー・コロンブスが生まれ育った家である」と英語で記される、目当ての家を ようやく見つけた。一度は訪ねて見たかった史跡である。レンガ造りのマッチ箱型ののような小さな家(復元)であった。 彼がジェノバに住んでいたのは確かであるが、それが彼の住んでいた実際の家であるかは不明と言う。その後、彼の家の すぐ先に高くそびえ立つソプラーナ門をくぐり抜け、歴史の重厚さを感じながらおもむろに旧市街へと足を踏み入れた。 幅4~5メートルあるかないかの狭い石畳の路地を進んだ。中世の街の風情がたっぷりと遺されていた。 むしろ中世の街そのものであった。あちこちで枝分かれして迷路のように入り組む狭い路地を辿った。途中古い教会や小さな広場が 現われた。港を目指すだけの散策であり、確かな目的地をもたなかったので、迷路のようであってもほとんど迷いようもなかった。 路地の両側には4,5階建てのレンガ造りの家々の垂直壁が連なり、昼間でも太陽光が遮られ薄暗い。まさに中世のジェノバの街 へタイムスリップしたかのようであった。枝分かれした路地の角から突然コロンブスが現われすれ違う、そんな 錯覚に陥ったとしても何の不思議もなさそうであった。

  旧市街を2,30分で通り抜けると、そこは「ベッキオ港」のウォーターフロントであった。 その岸壁にはガレオン船のような、いかにも年代ものの木造帆船(復元)が係留され、そのすぐ近傍のウォーターフロントには 「ガラタ海洋博物館(Galata Museo del Mare)」や水族館があった。岸壁沿いを行ったり来たりしながら、かなり散策した。 その後、夜も更けてきたので、宿泊先に戻って明日の本格的な博物館巡覧とウォーターフロント探索に備えることにした。 さて、旧市街の迷路に再び足を踏み入れ、ソプラーナ門に辿り着けるか挑戦した。教会や広場に出ると路地は四方八方に分岐しており、 辿るべき道の選択に迷った。あちこちの角っこで曲がり間違いを繰り返しながら、何とかソプラーナ門まで戻ることができた。

  さて、門をくぐり抜ける直前に、城壁に沿って脇道があり、その先の坂を少し上ったところに「赤提灯」が見えた。イタリア風 居酒屋であった。そこで、一人年越しをすることにした。その日は大みそかであった。1時間半ほどすれば「新年2007」を迎える。 居酒屋から路地に少しはみ出して置かれたたテーブルに腰を落ち着け年越しをすることにした。来年はどんな年になるのか。58歳の 役職定年後のことや、日本にいる家族のこと、「オンライン海洋辞典」づくりのことなど、ワイングラスを傾けながら想い巡らせた。 その時には、早期退職後の予定として、中米のニカラグアへの赴任が内々にほぼ決まりかけていた。

  翌日早朝、同じルートを辿りベッキオ港のウォーターフロントへ向かった。目指すは3層甲板戦列艦の例のガレオン船「ネプテューン号」 であった。船尾楼には巨大な回廊をもち、その最上部には3つの船尾角灯を備え、船首楼の先端には巨大なバウスプリット(斜檣) をもつ。いかにも堅牢かつ屈強そうな戦艦という様相であった。その巨艦内部をくまなく巡覧した。 復元船「ネプテューン号」は今まで書物でしか見たことのなかった、いわばジェノバ海洋都市国家時代の戦列艦のようで、 その重厚さは迫力満点であった。同艦近傍の埠頭には「ジェノバ水族館」があり、数多くの魚類生物の水槽や貝類標本の他、 マゼラン、コロンブス、リンネ、クックらの航海探検に関するパネル展示がなされ、じっくり見学した。波止場のその先にある 「ダルセナ(Darsena)」には、第一の目的地にしていた「ジェノバ海洋博物館」がある。

  さて、「海洋博物館」を巡覧するうちに興奮が最高潮に達した。展示品一つ一つと真剣に向き合い、時に画像として切り撮った。 最も釘付けになった展示品の一つは、ガレー船の漕手らが船上で漕ぐために腰掛けるベンチである。どんな太さや大きさのオールを 漕いでいたか、どんな漕ぎ座に座っていたのかを体験できる実物大のセットである。 木造船のキールおよび肋骨を組み立てる造船所の大型ジオラマもなかなか迫力があった。その船舶設計や木工部材・金具の製作のための 作業場などのジオラマも興味深かった。海洋博物館では、中世および大航海時代から近代に至るまでの、 英国・オランダ・フランス・イタリアを中心とする数多くの船模型、船体構造模型、古帆船の船首像、船の図絵・海戦画、 大航海時代から近代までのいろいろな航海用具、地中海周縁の古海図、大砲などの兵器類などがぎっしりと陳列されていた。 中でも最も魅了されたのは、ガレオン船を建造する造船所の巨大ジオラマと、実物大のガレー船の展示であった。


  館内の展示について詳細に語るのは荷が重いので、せめて主な展示品リストだけでも掲げておきたい。

・ 大航海時代の航海計器。天体高度観測器、四分儀、クロス・スタッフ、天文儀など
・ 16世紀の木製アストロラーベwooden astronomic astrolabe, XVI century, 16世紀の木製四分儀wooden quadrant, XVI century.
・ 16世紀の木製アストロラーベastrolabio astronomico in legno del XVI secolo, 16世紀の木製四分儀quadrante nautico in legno del XVI secolo.
・ 16世紀前半期のアストロラーベastrolabe, first half of XVI century, 16世紀のクロススタッフcross-staff, XVI century
・ 17世紀の四分儀Günter's quadrant, XVII century,
・ 船がどの程度の距離を進行したかを計算し記録にするボード
・ 古式コンパスと砂時計、ポルトラーノ地図、船尾飾り像
・ 地球儀、天球儀、19世紀のハドリーのオクタント Octant、19世紀ドライコンパス、19世紀液浸コンパス、平行定規、クロノメーター など航海用具
・ 19世紀後半のクロノグラフ [時刻を自動的に記録する器械] electromagnetic chronograph
・ 18世紀後半のDavis quarant、18世紀後半のOctant
  ・ パテント・ログ
・ カラベラ船Caravella "Santa Maria"の大型模型
・ サンタ・マリア号の大型模型、
・ 19世紀の帆船カラベル船「ニーニャ号」model of the Carvel Nina, XIX century
・ ガレー船模型+漕手奴隷をつなぐ鉄製鎖 chains for convicts on galleys, 16末期~17世紀初期のdrill cutsをもつ鉄製ハンド クラフト
・ 各種多種の古大砲類、弾丸、兵士の鉄兜のいろいろ
・ ジェノバ・ガレー船船尾のギリシア建築の女像柱 right-hand caryatid from the stern of a Genoese gally
・ ジェノバ・ガレー船船首のギリシア建築の女像柱 cariatide destra della poppa di una galea genovese
・ ガレー船の舷燈 taffrail lamp of a galley, ガレアス船の装飾をもつ前燈 fanale di coronamento di galea
・ ガレー船の各部の構造、機能など詳細説明書き航海、造船技術、寸法、ランドシップ、ロングシップ、漕手・櫂、弾薬・火器類、 貯水、船上生活・食事、船上での病気、地中海での海賊(pirati e corsari nel Mediterraneo)
・ Arsenalで建造された26の漕ぎ座をもつガレー船の模型 model of a 26 thwarts gally, built in the Arsenal
・ 船の船尾後甲板からの装飾付側板 decorated side boards from the stern quarter-deck of a ship
・ 紀元前1492念のハトシェプト女王のプントからの輸送 La spedizione nella Terra di Punt della regina Hatshepsut 1492 A.C.circa.
・ 1492年のコロンブスの新大陸発見とサンサルバドル島への上陸のジオラマ Lo sbarco di colombo a san salvador, 12 Ottobre 1492 ・ ガレオン船造船所のジオラマ
・ 1745年の50砲門の英国軍艦模型 Vascello inglese da 50 cannoni (1745)
・ 航海途上のフランスのパイロットボート模型 Pilotina francese in atto di salpare
・ オランダの軍艦模型(17世紀の後半期) ・ 19世紀後半のセクスタント(六分儀)、20世紀初頭のジャイロスコープ・セキスタント、19世紀後期のreflecting circle.
・ 各種の20世紀初期気象観測機器、19世紀後期の潮位観測機器
・ 48砲門のベネチア2層甲板軍艦。ベネチアの48砲門を装備する二層甲板船の奉納模型 votive model of Venetian two-decker vessel, with 48 cannons
・ 英国軍艦「ヴィクトリー号」
・ 1793年建造の64砲門のフランス軍艦「ル・プロテクテュール(Le Protecyeur)」
・ 1618年のフランス・ジェノバ艦隊による海戦の画 sea fight involving French and Genoese fleets
・ 19世紀のいろいろな船首像
・ 1951年建造の29,000トンの定期客船「Andrea Doria」の模型
・ ブリグ・スクーナーの上部構造とマストの模型(19世紀後期) model for upper works and masts of a brig-schooner
・ 1870年頃の木造バーク船の船体構造・マストの模型 didactic model for a barque, complete with masts.
・ 1972年の外輪式蒸気コルベット艦「Le Sphinx」の模型 "Le Shinx", corvetta a vapore
・ 1913年完工のカッター"Jolie Brise"の模型
・ 「Navigazione Generale Italiana Lines」の客船「T/s Duilio」(1915-16年)の模型、1933年にブルーリボンを受賞した客船 「T/s Rex」の模型
・ 「La Veloce Lines」の客船「S/s Citta di Torino」(1898年)の模型、「La Veloce Lines」の客船「S/s Venezuela」(1898年)の模型
・ 「Fratelli Lavarello」の貨客船「S/s Aquila」(1889年)の模型
・ ジェノバ港湾局が管理したTanned & Walkerの油圧クレーン(1888年)、電気式クレーン(1903年)の模型、その他19世紀後期の港湾荷役 関連用具
・ ジェノバの都市、港湾、海運の発展を解説する書物、地図、絵図などを展示
・ 1500年代中期のJacopo Maggioloの地中海海図
・ 1557年のBanet Panadesの地中海・黒海の海図
・ 1571年のMatteo Prunesの地中海の海図
・ アンフォラを積み込んだ商船のジオラマ。アンフォラや陶器の海底考古学的遺物や発掘現場の展示 (Il cantiere archeologico subacqueo del Leudo del Mercante)
・ 多くの軽装帆船の絵画やそのハーフモデル、フランスの3本マスト3層帆船「La Couronne」(1638年)の模型
・ 全装3層60砲門装備の帆船模型
・ さまざまな型式の近代的方位磁針、コンパスローズ、地球磁力測定装置(magnetometer)、4段式砂時計 磁力式経緯儀(magnetic theodolite, equatorial theodolite)、19世紀の水時計water-hour glass, early 19th century.
・ 数々の古い年代の船首像、
Museo Navale di Pegli


    さて、ジェノバから最後の目的地であるベネチア(ベニス)へ向かった。マルコ・ポーロが中国へ出立した時の起点となった 海洋都市である。ミラノで乗り換えたのはよいが、何故かベローナ経由ベネチア行き特急列車は観光客などの乗客ですし詰め状態であった。 そんな中、日本と違って低くなっているプラットフォームから大きいスーツケースを抱えたままデッキに上がるのは容易では なかった。デッキの乗客が手を差し伸べてくれたので、なんとかデッキに上り込むことができた。だが、車内は東京でのラッシュアワー並み のひどい混雑ぶりであった。指定席券を所持していたが、重いスーツケースを抱えたままではデッキから車内奥へとても入り込めなかった。乗り込んだ客車が果たして正しかったのか、それも自信がもてなかった。今頃は指定席は誰かに占拠され ているに違いと、車内へ突進する気力は最後には失せてしまった。乗り込めただけでもラッキーといえた。 ほとんど身動きできないまま、ベネチアまで数時間我慢する他なかった。とはいえ、列車はちょうど中間地点にあるベローナという大きな 町に到着し、かなりの乗客が降りた。ほんの少しだけ居場所に余裕ができ、直立姿勢を崩すことができ救われた。この有様だと 終着点のベネチアで下車しても宿を見つけるのは難しいと思い、最終駅のベネチアの一駅手前の駅で下車し、ホテルを探索する ことにした。駅から15分ほど目抜き通り沿いに歩いたところで運よく2~3つ星レベルのホテルを見つけ、これ幸いと投宿した。

  翌日、電車にてイタリア本土とベネチアとの間の海を埋め立てて造作されたコーズウェイを快走した。 コーズウェイの両岸はアドリア海の最奥の海であり、潮の香りとオゾンに溢れていた。電車の車窓から造船所 や大型客船などが発着する港を眺めながら、ベネチアの終着地点「サンタルチア駅」へと滑り込んだ。 駅前の広場から人流に身を任せて辿り行くと、水上バスの大きな発着場に行き着いた。そこで「サンマルコ広場」や「サンピエトロ寺院」 方面に向かう水上バスに乗船した。かくして、初めてベネチアの運河を辿り、水上からベネチアの風景を眺めることになった。 そして、石造りのアーチ型の「リアルト橋」が視界に入った時には、「ついに水の都ベニスに至れり」と感涙であった。

  ベニスで一度は体験したかったことは、ベニスのランドマークであるこの「リアルト橋」をゴンドラでくぐったり、また橋上から 水上バスやゴンドラが大運河を行く水辺風景を見下ろすことであった。さて、水上バスは、大運河から海に出たところにある「サンマルコ 広場」や「サンピエトロ寺院」前にある水上バス発着場に横付けになった。その斜め対面に立つ別の大聖堂がひと際目立ってそびえていた。 そこで水上バスを乗り換え、もう少し先にある水上バス停「アルセナル」で下船した。そして、海沿いにほんの数百メートル 歩いて「海事博物館」に辿り着いた。イタリアでの本格的な海洋博物館の見学は、ジェノバに次ぐもので、期待で高揚し、 わくわくしながら館内へと足を踏み入れた。ベネチアは、その昔ジェノバとライバル同士であり、ジェノバと同様の海洋都市 国家としての永い歴史を歩んできた。故に、ベネチアの海洋博物館はジェノバのそれにすぐるとも劣らぬものとの期待があった。

  正式には「海洋歴史博物館(Museo Storico Navale)」という名称であった。さて、今日の入館は私が朝一番乗りのようであった。 その日の開館時間はたまたま午後1時までの半日であった。午前中の早い時間に辿り着いて正解であった。古代ローマ時代のさまざま なタイプのガレー船の模型が展示され、その数の多さと言い、模型自身の精密さと言い、さすがに感嘆させられるものであった。 大航海時代の16世紀から18世紀頃にかけてのいろいろな船模型(ガレー、ガレオン、 ベネチア軍船、ガレアス、フリゲート、戦列艦など)の他、多数の船首像、ポルトラーノ海図などの各種海図、 17世紀以降のさまざまな航海用具など、所狭しと展示されていた。それらの画像をたくさん切り撮ることができた。 午後1時の閉館時間きっちりに追い出された後、近傍にある昔の造船所跡 (現在は海軍施設となっている) 界隈を散策した。明日の日曜日は休館日となっていた。そんな博物館を午前中の半日だけでも巡覧できたことは運が良かったと 喜びを噛みしめるばかりであった。それ故に心を軽くしてベネチアの散策を続けることができた。その足取りは驚くほど軽く、 「サンマルコ広場」へと向かった。 館内の展示を詳細に語るのはとても荷が重いので、主な展示品リストだけでも一例として添付しておきたい。

  その道中で、はっと心に訴えるアート的光景を見た。歩いていた路地は、ゴンドラも通らないような細い水路と平行していた。 その運河の水は清いとは言えなかった。だが、何の揺らぎもない鏡のような水面であった。そこに周囲の中世風の建物がブルー スカイを背に映し出されていた。まるで水面をブルーのキャンバスに見立てて水彩画を描いたようであった。暫く、その感動的な水彩画を 見惚れていた。そして、それを切り撮り「運河に映るベニスの街角風景」として持ち帰ることにした。


Museo Storico Navale 海洋歴史博物館(ベネチア、ベニス)での主な陳列品リスト

・ 正面玄関に巨大な錨が置かれる
・ 大型のガレオン船模型
・ 大型の18世紀のベネチア2級艦の船体構造模型 「Model of a 2nd Rank Venetian Vessel 18th Century」
・ 大型の18世紀のベネチア1級艦の船体構造模型 「Model of a 1st Rank Venetian Vessel 18th Century」
・ 大型の18世紀のベネチア3級軍船の船体構造模型 「Model of a 3rd Rate Venetian Warship 18th Century」
・ 18世紀のトスカーナ(Toscana, Tuscany)由来の船模型 Model of vessel from Tuscany 18th century.
・ 16世紀のベネチア・ブリガンチンの船模型、28オールの監視艇 Model of a Venetican brigantine, A 28 oar look-out vessel, XVIth century.
・ 18世紀の15の漕ぎ座をもつベネチアのレイダー・ガレオットの模型、model of a Venetian Raider Galliot, 15 Benches. 18th century.
・ 18世紀のベネチア・ジーベック船の模型 model of a Venetian xebec, 18th century. sciabecco=xebec
・ 17世紀のサント・ステファノ級大型ガレー船の模型 model of a grand galley of the order of Santo Stefano, Tuscany, 17th century
・ 16世紀のベネチア・ガレオン船の模型 model of a Venetian galleon 16th century
・ 17世紀のジェノバのガレー船のティラー
・ 16世紀のベネチアのガレアス船の模型 Venetian galleass (galeazza) 16th century.
・ 1571年10月7日の「レパントの海戦」における船隊配置図、そのたの海戦関連図
・ 17世紀の中後期に旗艦ガレー船からと思われる船首像
・ 実際のガレー船の船側に見られる豪華な金箔を施した木彫り彫刻
・ 17世紀のベネチア船の船尾に取り付けられていた木製彫りのトライトンズなどの船首像 Tritons carved in wood; From the stern of a Venetian Vessel XVIIth Century
・ 18世紀のTuscanyのグランド・デューク(Grand Duke)の船模型 Model of a vessel of the grand duke of Tuscany.
・ 1784年進水のベネチア・フリゲート「La Fama」のハルの模型 model of the hull of the Venetican fregate "La Fama", launched in 1784.
・ 18世紀のサルディニア王立海軍やベネチアのフリゲート艦の船首飾り
・ 18世紀のブリガンティン「サン・マルコ」の船尾のセント・マルクのライオンの飾り
・ 18世紀のベネチアのフリゲート艦の船首や船尾の部分模型
・18世紀のベネチアの砲艦の模型 modello di barca cannoniera Veneziana del sec. XVIIIo
・ 18世紀のベネチアの大砲模型 model of a venetian bombarde 18th century
・ 19世紀の44砲搭載フリゲート艦の片舷傾斜と船舶修理施設の大型模型
・ 18世紀初期の三層甲板帆船の模型
・ 18世紀の木製アンカーストック
・ 18世紀のヴァチカン国海軍の艦船「S.Antonio」
・ 16世紀のベネチア・ガレー船の船体フレーム模型 Model of the Framing of a Venetian Galley 16th Century
・ ベネチア・フリゲート艦「サン・カルロス・ボロメオ」の船体構造の立体ハーフモデル Section Model of the Venetian Fregate "San Carlo Borromeo" (1750-1768)./この型の 船は1797年まで建造された
・ 全長数メートルの大型ガレー船の精巧な模型
・ 船首像多数
・ 17世紀のマルタ騎士艦隊のガレー船「Santa Maria della Vittoria」の模型 Modello de Galera "Santa Maria della Vittoria"
・ 16世紀後期のスペイン・ガレオン船模型 Modello di Galeone Spagnolo della Fine del 16o Secolo (Model of a Spanish Galleon Late 16th Century)
・ 英国軍艦「ヴィクトリー号」HMS Victory
・ タービン汽船「ミケランジェロ」Turbonave "Michelangelo"(S.S. "Michelangelo"), 1962年ジェノバの造船所で竣工。1965-1975年 就航し、イタリアで建造された最後の大型定期船の模型。46,000トン、全長276m、速力29ノット
・ 1611年のF.Olivaにより製作されたポルトラーノ海図 Portolano delle Coste del Mediterraneo di F. Oliva (1611), Nautical Chart of the Mediterranean by F. Oliva (1611)
・ Diego Homen製作のヨーロッパ・北アフリカの羊皮紙に描かれた海図 Nautical Chart on Parchment of Europe and North Africa - by Diego Homen (Lisboa 1557)
・ 1692年P. Coronelliによる新世界の半球図 Planishere of the New World Described by P. Coronelli (1692)
・ 1612年マルセイユにてJoannes Olivaによって製作された地中海の海図 Sea-Chart of Mediterranean Sea Made by Joannes Oliva (Marseille 1612)
・ 18世紀のグノモン付きコンパス Compass with Gnomon 18th Century, Pair in wood and paper.
・ 18世紀後期の漢字表記の中国のLo-Panコンパス Compass Chinese Lo-Pan with Chinese Characters Late 18th Century; Wood and metal
・ 1694年ベニスのFacini署名の、コンパス付きグラフォメーター Graphometer with Compass. Signed: Bernardo Facini, Venice 1694, Brass
・ 17世紀のオランダのコンパス Meridian Compass, Dutch, 17th Century, Paper and wood.
・ チャート・ディバイダー Chart Dividers. Signed: Bidault Au Pavillon des Tuilleries, French, 17th Century, Brass in leather case.
・ 1934年建造の訓練船「Palinuro」 Nave Scuola "Palinuro"
・ 多数の近現代の各種軍艦船(潜水艦含む)模型。ハーフモデル、実物のカッター、全装帆船の船首錨揚降装置の模型
・ 1864年完工の装甲フリゲート艦の模型 Pirofregata corazzata "Regina maria Pia"
・ 1876年完工の軍艦"R.N. Duilio"、排水量11,138トン、全長103.5m、幅員19.7m
・ イタリアで最初に建造された駆逐艦(cacciatorpediniere)  "R.C.T. Fulmine" (1898-1921)

古い航海関連計器類
・ 1640年ブルニ署名の恒星時計 Astronomical or sidereal clock (orologio sidereo), signed: Theophili Bruni, Venice 1640
・ 1883年ノルウェーで完工した北極探検船「Stella Polare ex Jason」の模型 Modello della Stella Polare ex Jason.
・ イタリア海軍で使われた艦船修理用のフローティングドックの模型 Modello di Bacino Galleggiante
・ 昔の海軍提督や士官らのユニフォーム、水兵帽など
・ 1935年の船内時計 orologi di bordo, Ufficio Idrografico dell R. Marina, 1935; wall clocks, R.I.N. Hydrographic Office, 1935.
・ 船内クロノメーター(スイス製) Box Chronometer "Ulisse Nardin", Switzerland; Cronometro di Bordo
・ Celestial Atlas "Del Pin", Sferoscopio "Del Pin"
・ 1693年にCoronelliによって製作された、オリジナルからの復刻版の天球儀 Sideral Globe, copy of the original made by V. Coronelli in 1693 (Correr Museum)
・ 四つ爪錨、魚雷、天球儀、海洋観測器具、昔の各種大砲類、
・ 振動記録計計 Oscillometer from the Battleship "Andrea Doria" (1913-1956)
・ 1694年グラフォメーター Graphometer with compass, signed: Bernardo Facini, Venice 1694.
・ 15世紀の砂時計(4つからなる砂時計一式) Sand or watch-glass, set of four sand-glasses, 15th century.
・ 日時計 Meridian、German (?), 18th century
・ 17世紀後期のダブル・グノモンの太陽高度計 Solar Altitude with Double Gnomon, Late 17th Century
・ 18世紀のフランス製のコンパス付きグラフォメーター Graphometer with Compass, Signed: N. Vollant, Pasris, 18th Century.
・ 18世紀の英国製天文望遠鏡 astronomical telescope, cannocchiale astronomico, 18th century
・ 19世紀の磁気コンパス magnetic compass (Bussola Magnetica), Austrian, 19th century, signed: Conradus Weiner, Vienna.
・ 19世紀の八分儀 Octant (Ottante), signed: H. Hughes, London 19th century.

・ エジプトの川船の木製模型: 紀元前2000年前の古代エジプト中期の墳墓から発掘された
・ エジプトの川船の模型、紀元前2000年の古代エジプト中期の墳墓から発見 Wooden Model of an Egyptian River Boat, from a tomb finding in middle Egypt (2nd millennium B.C.)
・ 紀元前7世紀のフェニキア船の模型 Models pf Fenician Vessels, 7th Century B.C.
・ ローマ近郊のネミ湖で発掘された紀元後1世紀の古代ローマ船の模型。その木鉄製錨などの模型。第二のネミの古代ローマ船の プロフィール紹介
・ 船上から発見されたテラコッターのランタン
・ 紀元後2世紀のローマ船の錨銲 Leaden anchors stocks of Roman ships 2nd century A.D.
・ 16世紀のオランダのガレオン船模型 Dutch Galleon, XVIth Century
・ 17世紀のフランスの「La Couronne」の模型など、16-17世紀の多くの全装砲艦の模型
・ 「Pinco」号の船模型(ジェノバ、1860年)
・ 16世紀のベネチアのガレオン船の模型 Model of a 16th Century Venetian Galleon
・ 世界第二次大戦中の潜水具、各種軍用計器類
・ 折り畳み式ボート、Faltboat in wood and wax cloth used aboard the I.R. Austro-Hungarian Navy Submarines (1908-1918)
・ インぺリア港(Imperia)で発見された錨、18世紀と目される
・ 17世紀のベネチアン・ジーベックのハーフモデル Half model of a Venetian Xebec - XVii century.
・ 1799年にAbbe' Maffiolettiによる北アドリア海の図
・ 1684年、モロシニ提督の旗艦ガレー船の船尾を飾っていたと信じられている木彫りの飾り
・ベニス造船所の鳥瞰図 イコノグラフィック・プロジェクション(Iconographic projection of the arsenal of Venice, by Abbe' Maffioletti, 1798)
・ ベニス造船所の古いフローティング橋の模型 model of the ancient floating bridge at Porta Nuova.
・ 全長5メートルほどの大型のガレー船模型「1500年のベネチアの三段櫂漕船」「Trireme Veneta 1500」、三本の櫂を束ねて 3人の漕手が三本の櫂を1本の櫂のようにして同時に漕ぐように見えるがそうではない。各櫂はすこしずつ位置をずらしながら 三人が同時に漕げるようにしている。だから、櫂の水掻きの部分が水を掻く位置が同じにならないように・重ならないように ずらされている。


  折角の旅なのでお上りさんになって、「サンペトロ寺院」の中に足を踏み入れ、心を浄めることにした。そして、「サンマルコ広場」 の周りの回廊をウインドーショッピングしながら、ぶらぶらとそぞろ歩きしだ。その後、一度はゴンドラに揺られて運河巡りをする ことにした。ゴンドラを自分一人の専用にしての船遊びは、貧乏性である私には似合わないので、水上バスのような 乗り合い式のゴンドラに揺られることにした。迷路のように複雑に入り組んだ水路をゆっくりと漕ぎ進んだ。 運河に面した住宅には、大抵の場合その玄関の扉の前に階段式のちょっとした船着き場がある。水面から見上げる街風景は陸の 路地から見るそれとは趣きが全く異なり、ベネチアを何倍も楽しめた。時には、他のゴンドラと行き交うこともままならないほどの狭い水路を 巧に操りながら優雅に進み行く。船上でゆったりと束の間の贅沢な時間を過ごした。 下船後もう一度「サンマルコ広場」界隈をたむろした。マルコ・ポーロもたむろしたはずのベネチアを代表する寺院や広場を去りがたかったからである。 マルコ・ポーロはいつもどの辺りをたむろしていたのだろうかと想いつつ、広場を去るタイミングを探している自分がいた。

  さて、話しは少し横道にそれて、マルコ・ポーロらの東方世界への大冒険旅行について触れたい。 マルコ・ポーロは、1271年、父や叔父と共に3人で、ベネチアを出港し、地中海を航海し、現在のイスラエル北部のアッコに上陸し (今のシリアのアレッポに近い港で上陸し)、東方に向けて陸路を辿り始めた。マルコら一行は、先ず 小アジアのアナトリア高原を横切り、当時はイル・ハン国 (1258‐1353年) の治世下にあったダブリーズやイラン高原の シーラーズ、さらに今のイランとの国境に近いアフガニスタンの都市ヘラート (これらのいずれの都市もイル・ハン国の 治世下にあった)に足を踏み入れた。

  その後、パミール高原を越え、タクマラカン砂漠西方の都市カシュガルへ辿り着いた 。カシュガルは当時チャガタイ ・ハン国 (1307年-16世紀) の治世下で、今の中国新疆ウイグル自治区に所在する。その後、同砂漠の南側にのびる「西域南道」を通り、 3年半の旅の末、ついにフビライが君臨する元の中心都市・大都(現在の北京)に辿り着いた(マルコらが到着した正確な日付は不明である)。 マルコはフビライに気に入られ、17年間特使として仕えた。
[注] 元のフビライは日本に朝貢(ちょうこう)と服属を要求したが、鎌倉幕府がこれを拒否したため、1274年と1281年の2回にわたり、 元軍が九州北部に来襲した(いわゆる「元寇」である)。

  1290年代初期のこと、折りしも、イル・ハン国の使節団が、同国のアルグン・ハンの妃に内定していたコカチン姫を大都に迎えに 来ていた。しかし、使節団は「ハイドゥの乱」のために陸路を取ることできず、南海航路にて妃を帯同することになった。 その時同航路に詳しいマルコらが同行することになった。 17年間中国に滞在したマルコらは、1292年に帰国の途に着き、泉州から14隻のジャンク船団を組んで西方イル・ハン国を目指し 出港した。

  現在のベトナムの「チャンパー (占城・せんじょう) 国」を経て、スマトラ島では5ヶ月間の風待ちをした後、セイロン島、 インド西岸マラバールを経由してインド洋を横切り、アラビア海を経て、1293年2月頃に「オルムス(Ormus,、ホルムズともいう)」 に上陸した。航海は2年間にわたった。決して平穏なものではなかったが、コカチン妃やマルコら3人は無事に辿り着いた。オルムス到着後 執り行われた結婚祝賀会を終えると、マルコら一行は陸路でイラン高原のシーラーズ、ダブリーズへと歩を進め、黒海の南東沿岸にある 今のトラブゾンの港へと向かった。そこからコンスタンティノーブルへ、更にエーゲ海・アドリア海を経て、1295年にベネチアに 戻った。通算24年間に及ぶ冒険の旅をここに終わった。

  帰国後、マルコはジェノバとの戦争に志願し参加したが、捕虜となって投獄されるに至った。投獄期間中に囚人仲間に旅の道中 や中国に滞在中において体験・見聞した話しを聞かせたが、これが後に「世界の記述」、即ち「東方見聞録」として残された。 マルコ・ポーロの話を口述筆記した原本は早くから失われたという。多数の写本が過去に残されてきたが、それら写本の間においても 有意な差が見られるという。ジパング(日本)、カタイ(中国)を目指したコロンブスは、1492年「新世界」に辿り着いたが、 コロンブスはその見聞録を読んでいたに違いないと言われる。

  さて、「マルコ広場」を後にして、「サンタルチア駅」へと足を向けた。どこを見ても中世にタイムスリップしたような狭い路地を あちらこちらでつっかえ迷いながら歩を進めた。そして、暫くしてパスタ・レストランを見つけた。早目の夕食にとスパゲッティを食する ことにした。旅の最後の夕食なので、ビーノ・ブランコ・デ・ラ・カサ(レストラン専用に醸造される白のハウスワイン)を注文した。 やがて新鮮なサラダ(トマトも最高の味であった)とシーフード風ペペロンチーノがテーブルに運び込 まれてきた。そしてスパゲッティを食してびっくりした。パスタの湯で加減、味と言い、人生で最も美味しいスパゲティを味わった。 私的には人生最高のパスタに思えた。ハウスワインも上質であった。今回の旅道中で、時間を気にすることなくワインをたっぷりと味わい ながらプチ贅沢をしたのは、これが最初で最後であった。レストランの名前まで記録しておいた。「ダ・ロベルト(Da Roberto)」 というレストラン兼ピザ屋(trattoria, pizzeria)で、住所は「Campo S. Provolo通り4707番」であった。

  その後、重い腰を上げてまた路地を歩き出したが、予定を変えて「リアルト橋」までは水上バスで行くことにした。 暫く「リアルト橋」上から大運河を行き来する水上バスやゴンドラなどの運河風景をたっぷりと楽しんだ。夕暮れ時で、運河の水面が 茜色に染まり、そこを沢山のゴンドラが優雅に往来する。時に、日用雑貨や食料品を山積みにしたボートが橋下を通過して行く。まさに「動く 食料品店」であった。ルートが決められた定期運航の水上バスや小型運搬船もひっきりなしに通り過ぎる。 運河沿いの住宅の玄関前には木杭が2本ずつ打ち込まれ、ゴンドラがその間に係留されている。そんな数多のゴンドラが運河沿い に横列に舷を寄せ合いながら繋がれている。やがて日がすっかり落ちた頃、「リアルト橋」を去り難く名残惜しいが、 覚悟を決めて家路に就いた。そこを離れることはベニスに別れを告げることを意味した。

  「リアルト橋」から遠ざかれば「サンタルチア駅」まで寂しい路地道となるものと思いきや、全くそうではなかった。 狭い通りではあったが、両側にはベネチアン・ガラス細工や宝飾品ショップ、大仮装舞踏会などに用いられる彩色豊かな マスクを並べるショップなど、見る人を飽きさせないいろいろなショップが軒を連ね、観光客らでごった返していた。 特に気に入ったのは、ベネチアン・ガラスで創作された彩り豊かなトロピカル・フィッシュなどをモチーフにした造形アートの置き物であった。工房兼ショップに立ち寄りその創作工程をじっくり 覗き込み、目の保養と肥やしにさせてもらった。その美術工芸品のデザインやオリジナリティは自身の感性にぴったりであった。 その後、再び路地を右に左にと寄せながら、トロピカル・フィッシュなどの写真映えする被写体を探し求めながらウインドーを 渡り歩いた。足が棒になる頃、ようやく「サンタルチア駅」に帰着し、駅前のバスターミナルから路線バスに乗車、ベネチアに 最後の別れを告げ本土へと向かった。

  翌日、ベニスからスイスのチューリッヒ経由で「アラブの世界」へと舞い戻った。かくして、2007年の元旦をはさんで8日間ほど の南欧の地中海沿岸諸都市のウォーターフロントや海洋博物館などを巡る旅は終わった。思っていた以上の成果と満足を得られた 旅であった。「モナコ海洋博物館」を含む幾つかの本格かつ総合的な海洋博物館の巡覧、コートダジュールとリビエラの海風景、 タイムスリップしてコロンブスやマルコ・ポーロに出会えそうな錯覚に陥るジェノバとベネチアの中世海洋都市国家の旧市街の 街角風景など、眼奥のスクリーンにしっかりと焼き付けることができた。もって古代ローマと古代中国との間に横たわる「海の シルクロード」の重要支脈の一をなす地中海ルートにおける海の歴史や文化を今後学ぶきっかけと励みとしていきたい。

  さて、リヤド空港に着陸する頃にはすっかり現実世界に引き戻された。リヤドの空や陸上も、砂嵐で巻きあげられた細かい砂塵によって サンド・スモッグと言えるような煙幕でどんよりと霞んでいた。地中海南岸の海の世界とリヤドの砂漠の世界との落差は 余りにも大きいものがあるとしても、二つの異空間での生活や旅を体験すれば、経験値をより高める一方で、異文化への理解も少しでも 高められることを願った。発想を切り換えるスウィッチを磨くための自己鍛錬の機会にもしたい。 明日から再びリヤド市街地を外周する「リング・ロード」を疾走し、職場へ通うことになる。異文化体験をさらに究めることに繋がる いつもの日常業務と生活に復帰できる。それは素晴らしいことであると、翌日から再認識し再出発した。


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    第13-2章 究極の異文化の国サウジアラビアへの赴任(その2)
    第5節 南欧・地中海沿岸(マルセイユからベニスまで)の海洋博物館を探訪する


              Top page | 総目次(Contents) | ご覧のページ



      第1節: エジプト・ナイル川で戯れ、スエズ運河で昔の夢を想う
      第2節: モロッコの海と港を巡り歩き、ジブラルタル海峡の横断に感涙する
      第3節: バイキングの故郷・北欧諸国への探訪(1)/ストックホルム、オスロ
      第4節: バイキングの故郷・北欧諸国への探訪(2)/ベルゲン、コペンハーゲン、ハンブルグ、アムステルダム
      第5節: 南欧・地中海沿岸(マルセイユからベニスまで)の海洋博物館を探訪する


      序章~第12章 | 第13章  第14章 | 第15章~最終章