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画像はインドネシアの首都ジャカルタ市街の北部にあって、ジャカルタ湾に面するジャカルタ旧港 (Old Port of Jakarta) の
スンダ・クラパ港(Pelabuhan Sunda Kelapa)の風景画像である(1980年3月撮影)。
スンダ・クラパ港の埠頭は長さ1kmほどであり、チリウン川(Ciliwung River)の河口に位置している。
埠頭地先の港内水域は差し詰め水路のように細長い。港内ではインドネシアの伝統的な帆船ピニシ(Pinisi, Phinisi)が行き交い、
また停泊し、船溜まりを形成している。埠頭に櫛歯状に停泊するそのピニシの数たるや半端ではない。
ピニシはインドネシアの島嶼間を行き来する大型の貨物運搬の木造船である。アラビア諸国周辺海域において現代でも
活躍する「ダウ」船と同じと見なしえよう。
船荷の積み降ろしは、少なからず大勢の波止場人夫による人力によるものであった。時にピニシと埠頭との間に長い板が渡され、
そこを人夫が気忙しく行き来して荷役していた。
スンダ・クラパ港は、元はといえばオランダ統治時代に東インド会社(VOC)によって建設されたものである。
オランダは、西ジャワを支配していたバンテン王国に対して17世紀初め頃に干渉し、そのチリウン川河口の湿地スンダクラパに
砦を築き、植民地支配の拠点とし、その地をバタヴィアと呼ぶようにしたのが始まりである。スンダ・クラパ港はバタヴィア港
そのものであり、オランダ領東インドの首都バタヴィアの表玄関であった。
スンダ・クラパ港の埠頭への入り口辺りには「海洋博物館(Museum Bahari)」や「パサール・イカン(Pasar Ikan
魚市場)」がある。博物館はオランダ統治時代の東インド会社の倉庫を改装したものである。
20世紀初めにジャカルタ新港として近代的なタンジュン・プリオク港(Tanjung Priok Port)が建設されるまで、
スンダ・クラパ港はバタヴィアの玄関口として利用されていた。
そのタンジュン・プリオク港は、スンダ・クラパ港と同じジャカルタ湾岸沿いの少し東方に位置する、近代的な外港である。
現在では、主要島嶼間を行き来する定期航路の客船のみならず、大型貨物船などが着岸できる国際物流の玄関口になっている。
[1980.3.3-21インドネシア・ジャカルタ、スンダ・クラパ港にて撮影][拡大画像: x26029.jpg]
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* スンダ・クラパ港の位置: ジャカルタ市街の北部地区に位置する。市街中央にブンデラン(Bunderan)と名付けられる
大きなロータリーがあり、その周りには日本・英国・ドイツ大使館をはじめ、マンダリン・オリエンタル、ニッコー、グランド・
ハヤットなどの高級ホテルが林立する。そのロータリーと交差する大通りの一つのタムリン通りに沿ってずっと北上し、
「ジャカルタ歴史博物館」などの幾つかの博物館が集中するコタ地区 (旧市街地であり、スンダ・クラパ港のすぐ南側)
を突き切ると、そぐそこが港の入り口である。海洋博物館や魚市場はその入り口辺りに存する。
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