マゼラン海峡を吹きすさんだ西寄りの強風は少しは和らぎ、ようやくフェリーが対岸からやって来た。長距離路線バス内でほぼ
5時間くらい待たされてしまったが、車中で夜を明かすことは避けられ安堵した。
画像は、フエゴ島側の船着き場を離れ、南米大陸側の対岸に向かうフェリー船上の風景である。露店甲板の手すりにしがみつきながら、
片手でシャッターを押して切り撮ったものである。
[2014.3.14 チリ・アルゼンチン両国の国境通過およびマゼラン海峡にて][拡大画像: x25924.jpg]
ポルトガル人航海探検家フェルディナンド・マゼラン(Ferdinando Magellan; 1480?-1521年)の率いる5隻の船隊が、1519年、
スペインのセビーリャを出港し、西回りで香辛料の産地で有名なモルッカ諸島(いわゆるスパイス・アイランド。現インドネシア領)
をめざした。そして、 南米大陸南方に存在すると憶測されていた、⌈南の海⌋へ通ずる抜け道を発見し(後のマゼラン海峡)、
ついに南の海(後に太平洋と名付けられた)へ通り抜けた。西欧人のマゼラン一行が人類史上はじめて船で大西洋から
太平洋へ通り抜けたものであり、歴史的快挙であった。
船隊はチリ沖を北上した後西寄りに転針し、3か月余りかかって太平洋を横切り、1521年3月6日マリアナ諸島、
3月16日フィリピン諸島セブ(Cebu) 島に到達した。だが、4月27日、マゼランはセブ島に隣接するマクタン島(Mactan Island)において
原住民との戦闘のさ中に負傷し不慮の死を遂げるにいたった。
マゼランの死後、スペイン人のフアン・セバスティアン・デ・エルカーノ (Juan Sebastián de Elcano; 1476?-1526年) が航海
指揮を引き継ぎ、トリニダード号とビクトリア号の2隻で、1521年11月8日ついにモルッカ諸島ティドール島に到達し、
大量の香辛料を買い入れに成功した。
出港後に浸水してしまったトリニダード号を残して、ビクトリア号一隻のみが、インド洋を横断し、喜望峰を周回し、
1522年9月6日ついにスペイン・セビーリャへ帰り着いた。人類史上初めて世界周航(1519-1522年)を成し遂げ生還できたのは、
277名の乗組員うちわずか18名であった。
[マゼラン船隊によるマゼラン海峡の探検航海略史]
マゼランは大西洋から太平洋に抜け出る通り道をどのように見つけ、そこを抜け出ることができたのであろうか。
マゼラン一行にとって迷路のような通り道を探りながら進むことは難儀な航海に違いなかったが、筆舌し難い本当の悲劇的苦難は
太平洋横断の途に就いた時から始まった。
その太平洋横断航海についてはさておき、マゼラン海峡の探検航海の略史をここで触れておきたい。
5隻からなる船隊の構成は、トリニダード号(110トン)、サン・アントニオ号(120トン)、コンセプシオン号(90トン)、ビクトリア号
(85トン)、サンティアゴ号(75トン)であった。乗組員は277名。マゼラン自身が乗艦する旗艦トリニダード号が常に先頭を進み、4隻が
その後に続くよう指揮をとった。
* 1520年1月10日にラ・プラタ川(río de La Plata; モンテビデオから150kmほど西方に位置する)の河口に到達したマゼランは、
最も小型のサンティアゴ号をもって内奥へと調査させたところ、河川であること、即ち「南の海」へ通じる水路ではないことが判明した。
マゼランはその河川を⌈ソリス川⌋とネーミングした。
* マゼラン一行は更に南下し、サン・マティアス湾(Golfo San Matías; バルデス半島 Península Valdésの北側にある大湾)
を調査した後、現在のサン・フリアン (San Julián) にて越冬した(1520年3月31日から8月23日まで; 南半球における
真冬は6~8月頃である)。
越冬後再び南航を再開したが、サンティアゴ号がサンタ・クルス川(río Santa Cruz)の河口付近で難破した。
* 1520年10月21日、現在のマゼラン海峡の東口(⌈一万一千の聖母の岬 Cabo Virgenes⌋)から海岸線は西方へ
大きくくびれている)に達した。水路を進む過程でサン・アントニオ号が一方的に船隊から離脱し、本国に向けて逆航するという
行動を取った。同号は1521年5月6日にセビーリャに帰着した。
* 3隻となった船隊は、現在のアルゼンチン・パタゴニア地域とフエゴ島 (Tierra del Fuego; ⌈火の土地⌋という意味)
との間にあるマゼラン海峡を西方に向け通過し、ついに11月28日⌈待望の岬 (カボ・デセアード Cabo Deseado)⌋
とネーミングした岬を最後に外洋(後の太平洋)に出た。
* マゼラン船隊による世界周航の探検航海に関する略史
* 参考文献:「海の道と東西の出会い」(世界史リブレット)、青木康征、山川出版社、2010年、67-73ページ、他
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