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画像1&2は、カナダ・バンクーバー海洋博物館に展示される海賊の図絵である(両絵とも何の説明も添えられていない)。
画像1: 海賊の容姿・服装などからして回教徒のバーバリー海賊であろう。
特に16世紀初期以来、地中海を行き交うキリスト教徒の交易船にとっては、北アフリカのバーバリー海岸(the Barbary Coast バーバリー諸国
*の地中海沿岸地方)に拠点を構え略奪のための餌食をあさる回教徒の、いわゆるバーバリ―海賊が大きな脅威であった。
バーバリー海岸での海賊の主な拠点はチュニス、アルジェ、トリポリなどの回教徒が支配していた港である。
バーバリー海賊のうち最も名を轟かせたのは、いわゆるバルバロッサ兄弟であった。バルバロッサとは赤ひげという意味であるが、
バルバロッサ兄弟こと、アルフとハイール・エド・ディンの兄弟が16世紀初めに北アフリカに来て以来、大艦隊を率いて地中海でキリスト
教徒の船を襲撃し略奪したことから、キリスト教諸国の誰もが彼らの海賊行為を恐れた。いずれにせよ、
16~17世紀には、北アフリカ沿岸に拠点をもつ回教徒らの海賊は、船速が大きく操船も容易であったオール付きのガレー船を好んだ。
バルバロッサが率いた大艦隊も船首部に強力な衝角をもつそんなガレー船であった。
画像2: 埋蔵しておいた戦利品の金銀財宝を掘り起したのであろうが、海賊たちは何故か財宝箱を傍らに置いて格闘している。
格闘で財宝分配のもめごとに決着をつけようとしているのであろうか。
* バーバリー諸国(the Barbary States)とは、16-19世紀オスマン・トルコ支配下のバーバリー地方で半独立状態にあったモロッコ、
アルジェリア、テュニス、トリポリをいう。それら諸国の地中海沿岸はバーバリー海岸と称され、16~19世紀にかけて回教徒の海賊が
出没することで有名であった。
[2015.2.2-17 カナダ&キューバの旅/訪問 2015.2.3/画像出典: バンクーバー海洋博物館。博物館には小さい
ながら海賊展示コーナーがある/2015.05.06 記][拡大画像: x26653.jpg][拡大画像: x26654.jpg]
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