画像はキューバの首都ハバナのモーロ要塞内にある海洋展示室に展示されるラ・ニーニャ号の模型とその船長のアロンソ・ピンソン
(Alonso Pinzón)である。
コロンブスは1492年の第一回航海時、サンタ・マリア号を探検船隊の旗艦とし、自身が乗り込んで航海の指揮をとったが、
もう2隻の帆船ラ・ニーニャ号とピンタ号を随伴した。
1492年8月3日金曜日、コロンブスら約90名の船乗りたちは、スペイン南西部にあるパロス港を出港し、途中カナリア諸島を経て、
一路西方へ海図なき航海を続けた。目指すはインディアス(Indias)の地、特に黄金の島ジパング (日本) (スペイン語: Cipango-Japón) や
カタイ (中国) (スペイン語: Catay-China) である。
幸運にも同年10月12日未明、一つの島影を発見するにいたった。36日間に及ぶ航海の末、コロンブスと船乗りたちはついに
当時先住民がグアナハニと呼ぶ島にたどりついた。新大陸であったが、コロンブスは終生ずっとその地をアジアの一部
であると信じ続けた。新大陸への着達はその後のスペインによる新大陸の植民地支配や先住民の服属化の歴史的起点となった。
[2015.2.7 キューバ首都ハバナのモーロ要塞・海洋展示室にて][拡大画像: x26925.jpg]
ラ・ニーニャ号のアロンソ・ピンソン船長の肖像画。
[拡大画像: x26926.jpg]
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・ キューバの海洋博物館
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