1415年、ポルトガルのエンリケ航海王子は、アフリカ北西岸のボハドール岬到達をめざして、自国船隊を派遣する。
1418年、エンリケ航海王子は、イベリア半島のポルトガル領南西端のサグレス岬に、航海学校・天文台などを設立し、
地理・航海・造船・天地誌学などに関する研究を行ない、またそれらを学ばせ、航海者を育成し、アジアへの
海上ルート開拓を期して、本格的にアフリカ西岸沿いに南下させるべく、探検航海者を派遣し始める。
歴史上「大航海時代」と位置づけられる初期の頃のことである。かくして、ポルトガルはアフリカ最南端迂回と
インド航路開拓、それによるアジアへの国勢伸張の道を切り開いた。
ポルトガル航海者ジル・エアンネス(Gil Eanes)は、エンリケ王子の命により、ナン岬を越えて南下すべく航海を試み、
一度は失敗していた。彼は、1432年に再び出帆し、ナン岬を越え、1434年にはそのはるか南方のボハドール岬に到達することに
成功した。
画像はその航海者ジル・イアネスである。説明パネルには次のように記されている。
[ポルトガル語]Principal obstáculo ao avanço das navegaçãoes portuguesas para o Sul, o Cabo Bojador foi ultrapassado por
Gil Eanes em 1434.
[英語]Cape BOJADOR the principal obstacle in the path of the Portuguese navigators heading South was rounded by
Gil Eanes in 1434.
ボハドール岬はポルトガル人航海者たちが南方をめざし航路を進める上での第一の障害であったが、1434年
ジル・イアネスによって迂回された。
[画像 2015.11. 21 マカオ海事博物館にて][拡大画像: x27042.jpg][拡大画像: x27043.jpg][拡大画像: x27044.jpg: 説明書き]
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