フェルディナド・マゼラン (Ferdinand Magellan) は、大西洋から「南の海」(後に彼が「太平洋」と称した海) への通過路、
即ちマゼラン海峡を通過し、その後マリアナ諸島にいたるまでいずれの島嶼にも遭遇せず、同諸島に辿り着いた。
その後、1521年3月にフィリピンのサマール島南のオモンオン(Homonhon)島に上陸した。
さらに、レイテ島南のリマサワ島に移動し、そこでフィリピンで最初のキリスト教礼拝を行ない、十字架を建立した。
その後、1521年4月7日にマゼラン一行はセブ島の海岸に辿り着いた。そして、スペイン人入植の第一歩を記した。ラジャ・フマボン
(Rajah Humabon)酋長は、マゼラン一行を良くもてなした。マゼランは800人以上の現地民の洗礼の儀式を執り行った。そして、マゼラン一行は、
市場の公共広場で木製の十字架を建立し、フィリピンで最初のキリスト教ミサを執り行った。十字架は後に「マゼランのクロス (Magellan's
Cross)」として知られるようになった。
画像はフィリピン中部セブ島のセブ旧市街地に建てられたそのマジェラン・クロス(マゼランの十字架)である。
十字架の礎石には、「Magellan's Cross This Cross of Tindalo Wood Encases the Original Cross Planted By Ferdinand Magellan
On This Very Site April 21, 1521」(原文そのまま) と刻まれている。
ティンダロ (tindalo) という木で作られた十字架には、1521年4月21日まさしくこの場所においてマゼランによって建立された実物の
十字架 (その原木) が収められている。
* 「tindalo」はスペイン語で、マメ科エペルア属の木である。
1521年4月マクタン島の海辺で、マゼランとその兵士一団はマクタン島の酋長ラプラプとその兵士と激しい戦闘を繰り広げ、
マゼランは負った傷がもとで、1521年4月27日に死去した。
マゼラン船隊は J.S.エルカーノ の指揮の下、1521年5月1日にセブ島から船出した後、最後に残された船となったビクトリア号でもって
18名の乗組員(出立時のそれは270名余であった)が、1522年9月6日スペイン南部のサン・ルカール・デ・バラメーダに辿り着いた。
人類史上初めて世界周航を果たすにいたった。
[2018.3.20 フィリピン・セブ島セブ旧市街地のマゼラン・クロスにて][拡大画像: x28147.jpg]