1. 撮影年月日: 2018年9月22日
2. 撮影場所: ポルトガル、リスボン、海洋博物館 Museu de Marinha - Maritime Museum, Lisbon、Portugal
3. エンリケ航海王子は、母国ポルトガルからアフリカ大陸西岸を南下し、インド洋への出口を探り、アジアへ到達する海路を見い出さんと、
生涯をかけ、かつ長期的視点をもって取り組んだ。エンリケ自身はバルトロミュー・ディアスによるアフリカ南端の周航や、バスコ・ダ・
ガマによるインド西岸への到達を見届けることはなかった。
だが、彼のアフリカ周回航路開拓事業への思いは後年の探検航海家らによって成し遂げられた。エンリケはその探検航海を推し進めるために、
ポルトガル最南西端のサグレス岬に「航海学校」を設立したとされる。本当に航海学校なるものを設立したのかどうか、それは定かでは
ないとされる。だがしかし、その設立の真偽のほどはさほど重要なことではない。
画像はリスボンの海洋博物館に展示される、大索で縁どられた大きな絵画である。エンリケを中心にして、四分儀、アストロラーベ、
船の模型、オール、地図などをもつ男たちが描かれている。天文学者、地図製作者、航海家や船乗り、造船技術者、伝道師などを
描いているのであろう。重要なのは、そのような知識人、科学者、技術者らがサグレス岬に集められ、当時の最先端の知恵・知見・知識を
互いに学び、しかも実践に移すことに取り組んだことであろう。まさにエンリケを「校長」とし、それら大勢を「生徒」とする
「学校」がそこにあったといえよう。インド洋への航路を拓きアジアを目指すという一つの壮大な志しを共有する場であったに違いない。
絵画には、1394年から1460年まで生きたエンリケの生涯において成し遂げられた主なアフリカ西岸探検の出来事が記される。因みに
1415年セウタの占拠、さらに1427年アゾレス諸島、1434年ボジャドール岬、1441年ブランコ岬、1459年シェラ・レオネ、1460年カーボヴェルデ岬
などへの到達である。 [拡大画像: x28248.jpg]