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英国女王エリザベス I 世の治世下 (1588~1603年) にあった当時の新興国・英国は海洋覇権・権益の拡大を追い求めて、
海洋大国スペインに事あるごとに挑んでいた。そして、カリブ海域周辺などでは、
南米新大陸のスペイン植民地で産み出される金銀財宝を強奪しようという英国人らの海賊行為(あるいは私掠行為)が
横行していた。フランシス・ドレークはエリザベス女王をはじめ貴族などから出資をえてカリブ海、南米沿岸などで海賊としての腕を
振るい、莫大な配当金を納めることもあった。特にエリザベス女王に支払われた配当金は時に国家財政の困窮克服に多大な貢献を
なしたことは有名である。
他方、1577年に英国プリモスを出航したドレークは、南米南端のマゼラン海峡を西航して、南米大陸西岸(即ち太平洋岸)を北上し、
現在の米国ワシントン州沖に達し、その後太平洋を横断し、香料の宝島・モルッカ諸島へ。さらにインド洋からアフリカ大陸南端の
喜望峰を迂回して、1580年にプリモスに帰還、世界周航を果たした。マゼラン船隊に次ぐ史上2番目の偉業をなしたドレークの旗艦が
「ゴールデン・ハインド号」である。その復元船がロンドン・テムズ川沿いのドックに今も泊渠している。
[2013年8月20日 記][2012.5.16-6.09 スペイン・英国の旅にて]
* マゼラン船隊の世界周航: 5隻の船隊のうち世界周航し帰還した乗組員は、277名のうちわずか18名であった。マゼラン自身は
フィリピン・マクタン島での戦いで命を落とした。
* 「ゴールデン・ハインド号博物館」(http://www.goldenhinde.com): ロンドン・
ブリッジのすぐ上流の、テムズ川沿いの「St. Mary Overie's Dock」内に泊渠。Southwark Cathedralが目印。最寄りの地下鉄駅は
「London Bridge」。
辞典内関連サイト
・ ドレーク船長&ゴールデン・ハインド号(1)・
(2)・(3)
・ 英国の海洋博物館
・ 世界の海洋博物館
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