一枚の特選フォト⌈海 & 船⌋
ポルトガル航海者バスコ・ダ・ガマ (人物図絵)/インド航路を開拓する
[マカオ海事博物館]
1418年、ポルトガル・エンリケ航海王子は、イベリア半島のポルトガル領南西端のサグレス岬に航海学校・天文台などを設立し、
地理・航海・造船・天地誌学などに関する研究を行ない、またそれらを学ばせ、航海者を育成し、アジアへの
海上ルート開拓を期して、アフリカ西岸沿いに南下させるべく、本格的に探検航海者を派遣し始めた。
歴史上、後に「大航海時代」に位置づけられる初期の頃のことである。
ポルトガルは後にアフリカ南端周回とインドへの航路開拓行ない、さらにアジアでの国勢伸張への道を切り開いた。 航海王子によるインドへの航路開拓事業の創始からまさに80年を経た1498年、そしてポルトガル航海者バルトロメウ (バーソロミュー)・ディアス(Bartolomeu Dias)がアフリカ南端・喜望峰に到達してから10年を経たその年に、 バスコ・ダ・ガマはインド亜大陸の陸地を視認し、着達した。 (ポルトガル王ジョアン2世は1495年10月に没したが、後継の王マヌエルは1497年バスコ・ダ・ガマを航路開拓に 派遣した。ダ・ガマは1498年5月1日インド亜大陸の陸地を望見し、そしてカリカット近くの港に錨を降ろした)。
説明パネルは次のように記している。 [画像撮影: 2015.11. 21 マカオ海事博物館にて][拡大画像: x27047.jpg][拡大画像: x27049.jpg] |
航海者ダ・ガマの人物画と説明パネル [拡大画像: x27048.jpg] |