一枚の特選フォト⌈海 & 船⌋


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日本海 (敦賀)・琵琶湖 (長浜市・近江塩津) を結ぶ昔の運河計画
~ 北陸本線の車窓から見る地峡の山地風景 ~

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1. 閲覧にあたっては、下方の添付地図A・B(福井県作成の16万分の1の観光案内図; 敦賀市街地の港地区にある「きらきらみなと館」 展示)をご参照下さい。

北陸本線と湖西線とが合流するJR「近江塩津」駅 (地図Bの中央上寄り) は琵琶湖北端域に位置する。その近江塩津駅から日本海側にある 敦賀駅に至るまでの北陸本線両サイドには、標高3~700mの山々が連なる。 便宜上のこととして、近江塩津から敦賀湾岸までの間の比較的狭い陸地を、日本海の「海」と琵琶湖の「湖」の2文字を取って、 ここでは「海湖地峡」と呼ぶことにしたい。

画像1では、電車は近江塩津駅のすぐ南にある集落「塩津中」というところを通過している。手前の細い川は「大川」といい、琵琶湖に 注ぎ込む。画像の奥に見えるのが琵琶湖である。大川の河口域にある湖畔の集落は「塩津浜」である。

日本海 (敦賀)・琵琶湖 (長浜市・近江塩津) を結ぶ昔の運河計画の一つとして、近江・琵琶湖側のこの大川と越前・日本海側の五位川との間の 一つの分水嶺になっている「深坂峠」あたりの地下にトンネル(隧道・すいどう)を掘り貫 (ぬ) いて、両河川間に運河(疎水・水路)を 通すという計画があった。
[註釈] 五位川は本流の「笙の川 (しょうのかわ)」に合流し日本海に注ぎ出る。 [拡大画像: x28074.jpg]

[参考]疎水 (そすい): 陸地を掘って造られた水路。小さな運河のこと。

日本海 (敦賀)・琵琶湖 (近江塩津) との間の「海湖地峡」図
A
B

地図A: 最上端に敦賀湾、敦賀市街地とJR敦賀駅がある。地図の中央部に南北方向に北陸本線が走る。
地図B: 近江塩津が北陸本線と湖西線との分岐点で、北上するとすぐに「深坂トンネル」となる。トンネルを出ると すぐに「新疋田」駅がある。次駅が「敦賀」である。

敦賀市街地から笙の川を遡上すると、その支流の五位川が「新疋田」の傍を通って南流する。 他方、琵琶湖北岸の塩津浜から大川を遡上すると、近江塩津を経て、さらに深坂トンネルにほぼ並行しながら源流へ とりつく。登りきれば深坂峠という分水嶺であり、県境にもなっている。峠を下れば、五位川の中流域川岸の村「追分」にいたる。
A.[拡大画像: x28072.jpg] B.[拡大画像: x28073.jpg]




過去の運河開削計画の歴史をひも解くと、敦賀湾と琵琶湖北岸との間の「海湖地峡」 に横たわる陸地を開削したり掘り貫いたりして、運河・隧道などを通すという構想が浮上しては消え去り、結局実現されず 今日にいたってきた。

江戸時代後期の1816年に敦賀の平野部と山地において部分的な開削がなされ、疋田(ひきだ)(地図Aの中央下寄りのJR「新疋田」駅 近くの集落)まで、舟川が開通した。だが、歴史上未だかつて日本海と琵琶湖を結ぶ運河が全面開通することはなかった。 実現にいたらなかった理由や背景は時代ごとに異なる。最大の難題は、大きい標高差、運河掘削量の多さと掘削深度の大きさなど ではなかったか。さらに、運河通航に必要な水資源確保の困難さではなかったか。

さて今回は、海湖地峡にどんな自然地形が横たわるのか、垣間見たいと思い、ほとんど予備知識をもたず近江側から敦賀までの列車 の旅をした。琵琶湖側の「近江塩津」駅から「新疋田」駅を経て、敦賀駅にいたる北陸本線の車窓から見た山地風景、 およびその山中にある街道集落・疋田 (ひきだ) に沿って流れる舟川風景を切り撮ったので、ここに紹介する。

初めての散策であったことから、カメラで山地地形を十分とらえることはできなかった。 近江と越前(琵琶湖と敦賀)側との分水嶺、すなわち「深坂峠」周辺の地形を最も見たかった。だが、車窓からは全く眺望できなかった。 深坂峠は鉄路の「深坂トンネル」という長いトンネルの上にある尾根に位置するので、その地形は徒歩で踏査しないと見られない。 別の機会に自らの足で峠越えを行ない、その自然地形を知りたいと思う。

  現代においては、この海湖地峡に運河・隧道を通す必要性も経済合理性もないであろうが、運河を建設するとすれば自ずと向き合う ことになる技術諸課題などを、いずれ機会を改めて考察してみたい。

疋田の集落内には、「敦賀運河(疋田舟川)跡」(ひきだふなかわ・あと)と題する史跡案内立札が街道・運河 (舟川) 筋に 立てられている。その一部をここに引用したい。


      琵琶湖の北より深坂山を開削して、敦賀へ疎水を通す企画は古くからあり、平清盛の命で重盛が着工した跡が深坂峠に残ると 伝えられている。近世初頭敦賀郡を領した大谷吉継も計画を立て、また河村瑞軒も試みたという。

      京都の商人田中四郎左衛門は、寛文9年(1669)琵琶湖疏水計画の書類・絵図を敦賀町奉行所に提出し、元禄9年(1696) にもまた企画するが、 郡内19ヶ村の庄屋の反対にあって、この計画は中止された。

      その後、日本海沿岸への異国船の出没に対し京都の糧道確保のため、文化13年(1816)に琵琶湖疏水計画が幕府・藩の手によって 具体化し、翌年3月、 小浜藩家老三浦勘解由左衛門を普請奉行として、先ず小屋川と疋田間の舟川工事が開始され、 4ヶ月後に完成を見た。

      文化14年(1817)8月、川舟数艘に米23俵を搭載し、舟引60人で試運送を行なった。上り荷は米・海産物、下り荷は茶などで、 疋田よりは 牛車にて近江大浦へ輸送された。

    * その他の参考資料: 敦賀・琵琶湖間の運河 (舟川) 開削に関連する略年史

添付の地図では滋賀県側の等高線は省略されており、その地形を読み解けない。 疋田集落や新疋田駅のそばを日本海方面へ流れ下る五位川と、琵琶湖畔の塩津浜へ向けて流れ下る大川との間には、 標高400~500メートルの尾根筋(深坂トンネルの北域あたり)が続いている。標高が最も低いのが深坂峠であり、200メートル余である。

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2. 近江塩津駅から敦賀方面を臨む風景。鉄路正面奥に見える尾根筋を右方向へほんの少し辿れば「三方ヶ岳」(標高588m) の山頂である。 画像中央から左端まで伸びるこんもりとした尾根筋は「日計山」(ひばかりやま・411m)へ通じる。  線路の左側 (西側) には国道161号線が走り、その道路のすぐ左側には大川が流れる。大川、鉄路、国道のいずれも三方ヶ岳と日計山 との間の谷筋を行く。(大川は塩津中を経て、湖畔の塩津浜で琵琶湖に注ぎ込む)。

北陸本線は近江塩津駅からすぐに「深坂トンネル」(長さ約5km) に入る。大川はそのトンネル経路にほぼ平行して遡上し、 日本海側との分水嶺にいたる。「深坂峠」がその分水嶺であり、また大川の源流でもある。正に深坂峠の直下をトンネル が通る。峠を登りつめ下り行くと、五位川の中流域に出る。 五位川を下ると街道集落・疋田にいたる。五位川は、疋田の近くで、本流の「笙の川」(しょうのかわ) と合流し、敦賀湾へと流れ下る。  [拡大画像: x28075.jpg]

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3. 画像は電車が「新疋田」駅に停車した場面である。正面に2つのピークが見える。右側のピークは標高295m。その左側のピークは 標高283mであるが、電車のフロントの縦梁に隠れている。五位川は鉄路の右側を敦賀方面へと流れ下る。笙の川はその2つのピークをつなぐ 尾根筋方向に流れている。 両河川はピーク295mの下方あたりで合流している。疋田集落はその合流点近くの、笙の川西岸に位置する。 [拡大画像: x28076.jpg]

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4-1. 画像は街道集落・疋田の風景である。幅1メートルほどの水路は、街道に沿って敦賀方面へと流れ下る「敦賀運河(疋田舟川)」の 跡である。疋田舟川の歴史の概略を紹介する史跡案内立札をご参照下さい。 [拡大画像: x28112.jpg]

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4-2. 画像はJR新疋田駅から北へ400mほどの国道 (161号線) から近江方面 (追分、深坂) に向かって五位川谷筋を眺望したものである。 JR北陸線「深坂トンネル」入り口が画像左から2つ目の山裾 (追分村) にある。また、画像左から2つ目の谷間を遡って行くと深坂峠 (日本海側と琵琶湖側の分水嶺)にいたり、それを下ったところが大川の源流である。 [拡大画像: x28116.jpg]

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5. 疋田から1km余下った「市橋」辺りから疋田方面を振り返えり眺望する。画像右寄り手前のこんもりとした山の背後に 疋田集落がある。疋田集落そばの笙の川・五位川合流地点から、五位川の谷筋を上流へたどると新疋田駅へ、そして追分、深坂、駄口の集落へ とつながる。画像からは疋田集落の周囲数km内の地形の概略を読み取れよう。

運河を通すとすれば、日本海側にあっては、この五位川、および本流の笙の川に沿って開削することで実現するように見て取れる。 他方、琵琶湖側においては大川である。五位川と大川は互いに反対方向へと並行して流れ下る。そして、両河川をはさんで髙い尾根筋が 走るが、最も低いのは標高200m余の深坂峠である。この深坂峠の下を貫通するトンネル運河(隧道)を掘り貫くという計画が、江戸後期 にあった。(笙の川と大川とを結ぶルートもありうるが、距離はかなり伸びる)。

標高200m以上の尾根筋を数kmにわたって開削(オープンカット)するだけでなく、その両側に横たわる標高数m~150mほどの川筋を10km以上 にわたり開削するのは、現代においても骨の折れる大工事である。たとえ開削できたとしても、船を通航させうるだけの 水資源をどう確保できるのか、大きな技術的課題である。開削して琵琶湖の湖水を日本海方面へ直接的に運河に流し込むとすれば、 全経路において更なる深掘りを要することになろう。

舟が運河の流れに抗して遡るというのであれば、何らかの動力が必要となる。閘門式の水門を幾つも建設して「水の階段」を 造作することも必要となろう。インクライン方式での昇降もありうるが、舟を台車に載せて曳き上げるには、電気や頑丈な大歯車など がない時代においては、その実現は難しかろう(牛馬の利用はありうる)。また、閘門式水門の開閉を人力でするとすれば、 水門規模や舟の大きさに自ずと制限が生じる。 運河建設が技術的には実現可能であっても、その経済採算性や社会・環境的問題が立ちはだかれば、実現は遠のくことになる。それはいつの 時代であっても当てはまろう。 [拡大画像: x28077.jpg]

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6. 市橋から1kmほど下流側にある「小河口(おごう)」辺りから敦賀方面を眺望する。笙の川が鉄路と国道161号線との間を流れ下る。 画像奥の谷間に架かる「舞鶴若狭自動車道」の陸橋を過ぎれば、海岸平野となり、敦賀の市街地が広がり、川は敦賀湾へと注ぎ込む。  [拡大画像: x28078.jpg]

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7. 舞鶴若狭自動車道陸橋をくぐる直前に、笙の川の上流方面を眺望したもの。この直後に、川筋は平野部に出る。左岸には国道161号線が 通る。 [拡大画像: x28079.jpg]

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8. 笙の川は、画像中央左寄りの谷間を入り、山間の谷筋を縫うようにして遡り疋田へと至る。谷筋右側にはかなり高い山岳地形 が見て取れる。手前の尾根筋が伸び上がり、標高765mの岩籠山へと連なる(ピークは雲に隠れている)。 [拡大画像: x28080.jpg]

[2017.10.14  琵琶湖側の近江塩津 (滋賀県) を起点にして、日本海側の敦賀 (福井県) へ至るまでの山地地形を、北陸本線の車窓から 眺め撮影する]

日本海(敦賀)・琵琶湖(近江塩津)との間の「海湖地峡」図
A
B

地図A: 最上端に敦賀湾、敦賀市街地とJR敦賀駅がある。地図の中央部に南北方向に北陸本線が走る。
地図B: 近江塩津が北陸本線と湖西線との分岐点で、北上するとすぐに「深坂トンネル」となる。トンネルを出るとすぐに「新疋田」駅がある。 次駅が「敦賀」である。

敦賀市街地から笙の川を遡上すると、その支流の五位川が「新疋田」の傍を通って南流する。 他方、琵琶湖北岸の塩津浜から大川を遡上すると、近江塩津を経て、さらに深坂トンネルにほぼ並行しながら源流へとりつく。登りきれば 深坂峠という分水嶺があり、県境にもなっている。峠を下れば、五位川の中流域川岸の村「追分」にいたる。
A.[拡大画像: x28072.jpg]
B.[拡大画像: x28073.jpg]



[参考] 琵琶湖岸~敦賀間のJR駅
近江今津 (おうみいまづ) -近江中庄 (おうみなかしょう) -マキノ-(トンネル)-永原-(城山トンネル)-近江塩津 (おうみしおつ) - (深坂トンネル)-新疋田-敦賀。

[参考]琵琶湖岸・塩津浜~敦賀までの山間部街道筋の主要集落など
塩津浜(琵琶湖湖畔)-塩津中-近江塩津-沓掛(くつかけ)-深坂峠-追分-新疋田-疋田(笙の川・五位川の合流点)-市橋- 小河口(おごう)-鳩原-道口-坂下・衣掛-長沢-敦賀湾へ。

[参考]1816年に完工した敦賀運河(疋田舟川)のルート
敦賀湾から笙の川に沿って遡上する-土橋(ここで舟川は笙の川に合流する)-長沢-道口-鳩原-小河口(おごう)-市橋 (この辺りまでは、舟川は笙の川に沿って、その北側を流れる。即ち、舟川の流れは笙の川を横切り疋田集落内へとつながる)- 疋田(舟溜まで)。



[注 1] 疋田集落近傍で、笙の川は東方へ遡上していくが、その支流の五位川は分岐した後その源流(滋賀県・近江との分水嶺。深坂峠) へといたる。疋田集落内には舟川の舟溜があり、そこで船荷は馬に積み替えられ、近江・琵琶湖方面へと運ばれた。
疋田から五位川の上流へとたどると、追分、深坂、駄口、山中の村落を経て、福井・滋賀県境の峠・分水嶺(五位川と、琵琶湖に注ぐ 知内川との分水嶺)にいたり、琵琶湖畔の湖西線マキノ駅方面にいたる。五位川と知内川に沿って国道161号線が走る。

[注 2]
* 掘割: 地面を掘って水を通したところ。
* 深坂古道: 深坂峠を越える旧道。


[拡大画像: x28081.jpg]


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