1960年2月建造された関西汽船の「くれない丸」(総トン数: 2,999.01トン)。かつて1960年時代、
神戸-高松-別府を結ぶ瀬戸内海の定期客船航路での女王であったといえる。
「むらさき丸」はその姉妹船で、同年代に同じく別府航路に就航していた。
本四連絡橋が次々と完成した後は、その定期客船航路はついに廃止された。それはまさに時代の流れがもたらした宿命的
結果であった。
かつて幼年~青年期の頃に「くれない丸」や「むらさき丸」で瀬戸内海クルージングを楽しんだ人は多いに違いない。
特に「団塊の世代」(昭和22-24年生まれのベビーブーマー)にとっては、ちょうど幼年~青年期の頃にあたる。
ゆえに、「くれない丸」とそのクルージング体験の鮮烈な思い出を残っている人々はとりわけ「団塊の世代」に多い
に違いない。
かつて淡路島、小豆島、高知、別府などの関西汽船の定期航路客船は中突堤(Naka Pier)のまさに「神戸ポートタワー」が
そびえるちょうど下に接岸していた。ポートタワーは今でも30年以上前の姿のままにそびえる。
現在神戸港内遊覧船の発着場がある中突堤中央ターミナル「かもめりあ」辺りは、1960年代当時は海であった。
「くれない丸」などの定期航路客船はこの辺りで後ろ向きに旋回した後、船首を沖に向けて出航して行った。
[2007.9.][拡大画像: x18445.jpg]
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