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韓国の南西地方にある全羅南道、そこに木浦という漁業の盛んな町がある。海岸沿いに国立海洋博物館、国立自然史博物館など
いくつもの国立博物館が建ち並ぶ、いわば「博物館コンプレックス」地区がある。海岸に沿ってのびるプロムナードを歩いて、
そのコンプレックスに向かう。プロムナードが途切れた先に鉄製の大きな浮函をいくつも並べた「海の廻廊」が設けられていた。
この辺りは干満差が2-3メートルあるらしく、引き潮ともなれば岸から浮函廻廊へはかなり下りの急傾斜となる
(上の画像に示されるように、巨岩壁には潮位線の跡が残されている。引き潮時にはさらに海面は低下する。)
廻廊を行くと「ガッパウィ」という二つの巨岩が眼前に迫る。鉄兜をかぶったような二人の兵士のように見える。永年の海岸浸食によって
自然の造形美へと徐々に創り上げられてきたものである。その造形は海側からでしか観られない。
海側から仰ぎ見て鑑賞できるように廻廊が造作されているのである。朝方にホテルを出て国立海洋博物館へ向かう途中で、
運よく鮮明な画像を一枚を切り撮ることができた。下の小画像No.3は、博物館の見学を終えホテルへ帰る途上の夕暮れ時に
切り撮ったもので、ガッパウィのシルエットが美しい。
この巨岩の日本語案内パネルには「ガッパウィ (Gatbawi) の伝説」と題して次のように記されている。
「昔、病気にかかったお父さんと一緒に塩を売って暮している若者がいた。生活は厳しかったが、お父さんのためにはなんでもやってあげる
優しい青年だった。
お父さんの病気を治療するため、金持ちの家に下働きに入って一生懸命に働いたが、主人から労務賃をもらえず、一ヶ月の後に家に
帰ってきてみるとお父さんの手と足はすでに冷めていた。
若者は一ヶ月も介護できなかった自分を嘆いて、冥土でもゆっくり休めるように日差しのよいところに墓をつくろうと思ったが、
思わぬミスでお棺を海の中へ落してしまった。
若者は「親不孝者は空を仰ぐことができない」と思い、大きい冠をかぶってその場を守りながら死にました。その後、その場所に
二つの岩ができ、人々は大きい岩を「お父さんの岩」、小さい岩を「息子の岩」と呼びました。
もう一つの伝説は、仏様と阿羅漢 (煩悩をすて、世の中の道理を悟った聖者) が栄山江 (ヨンサンガン) を渡って、ここでしばらく休み、
笠をそのまま置いて行ったのが岩になって、これを中岩 (僧侶岩) と呼ぶと伝わっている。」
[2011.09.26-27.韓国・全羅南道・木浦にて][拡大画像: x24341.jpg]/説明書き[拡大画像: x24337.jpg: 英語]
[拡大画像: x24338.jpg: 英語][拡大画像: x24339.jpg: 日英語]
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1. 遊覧船の左後方に「海の廻廊」が見える。ガッパウィは左側の出鼻にある。この小岬の反対側から見た風景が次の画像No.2である。
[拡大画像: x24343.jpg]
2. 桁(ブーム)を両舷に広げた木造漁船のちょうど後ろに「海の廻廊」が見える。巨岩はその廻廊の後ろ手にある。
[拡大画像: x24340.jpg]
3. 夕焼け空に映える「お父さん岩」と「息子の岩」のシルエット。 [拡大画像: x24342.jpg]
辞典内関連サイト: 世界の海洋博物館-韓国
公式ホームページ: 国立海洋文化財研究所 http://www.seamuse.go.kr [日本語切り換えページ有り]
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