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埼玉県立川の博物館内には、荒川水系における河川輸送の主役であった荷船・高瀬舟が展示される。「荒川の交通輸送」と題する説明パネル
には次のように記される。
「船による荷物の輸送は、江戸時代に発展しました。明治時代になっても荒川では、一般には高瀬船(たかせぶね)と呼ばれる荷船が米や川口の
鋳物などを運んでいました。大正時代になると、鉄道と道路が整備されたこと、洪水に備えて川の流れを
真っすぐに改修したことから、水上輸送から貨車やトラックの活躍する陸上輸送に変わりました。」
また、「荷船の航行」と題する説明パネルには次のように記される。
「荷船は、カジを左右に操作し、帆を上手に使うことで動きます。
曲がりくねった荒川を下る時は、上尾の平方河岸から東京の千住まで1日かかりました。上りは、上げ潮と海風を利用しながら5日
前後の日数をかけて平方河岸まで帰って来ました。急ぐ時は、荷船に綱を付けて岸の上から人力で引っ張りました。」
[2012.04.28 埼玉県川の博物館にて][拡大画像: x24455.jpg]
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