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江戸時代の俳聖・松尾芭蕉は、江戸・深川の芭蕉庵を発ち千住へ、そこから東北を目指した。平泉、中尊寺、立石寺などを経て
山形の新庄に立ち寄ったのは元禄2年・1689年のことである。舟運の川湊である「本合海・八向地区」という名の名勝地から
舟に乗り、最上川を酒田方面へと下って行った。
画像1は、芭蕉と曽良の乗船を記念して建てられた碑と二人の立像である。
最上川は立像の背後に架かる「本合海大橋」(橋桁がブルーに塗られている)の下を流れている。彼らが乗船時に目にしたのが、
八向山(やむきやま)である(画像3の地図参照)。
画像4には、名勝地の八向山と最上川が写る。山形県内を北上してきた最上川は八向山南壁辺りで大きく流路を
西方に変える。地図右上には、「義経・弁慶の上陸の地」と記されている。なお、本合海は、酒田をはじめ
とする庄内と、山形盆地などの内陸部とを結ぶ最上川の舟運上の重要な川湊であった。
画像2は本合海からもう少し下った地にある戸沢付近の新緑の山あいを流れる最上川の自然風景である。観光遊覧船が
時折が川を下り行く。
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