利根川・荒川水系における河川改修の変遷(1590-1838年)
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徳川家康が1590年に江戸に入国して以来、利根川、荒川、綾瀬川などの河川改修が繰り返されてきた。画像1~4は1590年から1838年
の間にそれら主要河川の改修流路がどう変遷してきたかを示すものである。日本橋を基点とした5街道などの全国的な陸上交通網が整備されて
行ったとはいえ、江戸と関東圏の地方を結ぶ主要河川を利用した人・物の大量輸送は極めて大きな役割を果たしていた。
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1 1590年の徳川家康入国当時、利根川は江戸湾(東京湾)へ注ぎ出ていた。
利根川が銚子を経て太平洋に注ぎ出ることになるいわゆる利根川の「東遷」はその後の事である。
キャプションにあるように、利根川は「古利根川」筋を、荒川は「綾瀬川」筋を流下していた。
2 1591~1621年 利根川は「庄内古川」筋を流下。1594年に会野川の閉め切り、
1621年に新川通・赤堀川の開削が行われ、常陸川につながった。
荒川では綾瀬川が閉め切られ、元荒川筋を流下。
2'
3 1622~1643年 利根川は1641年に江戸川が開削されたことにより
江戸川筋を流下し、江戸湾に注ぎ出る。
荒川では、1629年荒川と和田吉野川の間に流路開削、同年元荒川が閉め切られる。
3'
4 1644~1838年 赤堀川が拡幅され、利根川は常陸川筋を流下。
[撮影年月日:2023.09.28/撮影場所: 八潮市立資料館]
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