画像1は赤穂市坂越地区の坂越浦にかつて面していた「旧坂越浦会所(きゅう・さこしうらかいしょ)」の復元建築である。
会所前に設置された説明パネルには概略次のように記される。
浦会所とは、港を治める役所のことである。坂越の人たちは浦会所に集まって港のことを話し合いで決めていた。浦会所の
すぐ前は海(坂越湾・浦)であった。大きな帆船(廻船)が荷物を一杯に積み込んでこの港から船出した。この建物はその頃の
姿に復元したものである。2階には赤穂藩主が港を訪れた際に使った部屋がある。
また、浦会所の観光案内板によれば、会所は天保2~3年(1831~1832年)にかけて建築され、明治まで坂越浦の会所として
使用された他、赤穂藩主が坂越に来訪した折には休憩所としての役割も果たしていた。会所では北前船の瀬戸内海航路(西廻り航路の
一部)の寄港地である坂越浦における船舶管理を行っていた。現在は江戸時代の姿に修復され一般公開されている。会所は赤穂市
指定有形文化財となっている。
[撮影年月日:2024.06.05/場所: 赤穂市坂越地区の「旧坂越浦会所」にて]