画像は赤穂市坂越(さこし)地区の大避神社(おおさけじんじゃ)に収納されている「楽船」(実船)である。
「兵庫県有形民俗文化財 祭礼用和船 楽船」と題する説明書きには、船の要目として、全長7.85m、幅2.15m、深さ0.60mと記される他、
この船は同神社の秋の「船渡御祭」に使用されたもので、楽人が乗って雅楽を奏でた。祭礼船12隻の中でこの船だけが屋形を
もつと記されている。
毎年10月開催の「船祭」は、大避神社の神霊を生島(いきしま)へ渡すお祭りである。同神社に祀られる秦河勝
(はたのかわかつ)は、飛鳥時代に
聖徳太子とともに政治に当たった。聖徳太子の死後、秦河勝は坂越へ移り住み千種川(ちくさがわ)沿いを開拓したと
伝えられる。
海上御渡(とぎょ)について
「坂越の船祭」(大避神社祭礼)は、大避神社の秋の例祭であり、神輿(みこし)が神社から生島にある御旅所(おたびしょ/島の北端にある)
までを渡御するもので、生島が浮かぶ坂越湾を舞台に繰り広げられる。
江戸時代からほぼ変わらぬ姿で伝承されており、瀬戸内海を代表する大規模な船祭の典型例
として、平成24年(2012年)に国重要無形民俗文化財に指定された。瀬戸内三大船祭の一つに数えられる。
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坂越の港は古くから生島の存在によって荒波から保護されてきたこともあり、
人々は生島を神として祀り、豊かな海の恵みに感謝してきた。また、島には秦河勝の墓と伝えられる古墳があり、神聖な
場所とされてきた。生島を禁足地としてきたことから今でも原生林のままとなっている。
画像2・3は坂越湾(坂越浦)の全景である。左画像に浮かぶ島が生島である。左端に御旅所がある。
画像4は大避神社入り口門から参道を臨む。正面の島が坂越浦に浮かぶ生島である。
画像5は船祭の様子を捉えた写真である(出典:大避神社への参道入り口に立てられた、「秦河勝ゆかりの地 坂越」と題する
観光案内板より)
[撮影年月日:2024.06.05/場所: 赤穂市坂越地区の大避神社にて]