画像1~3は、福井県小浜市の「福井県立若狭歴史博物館」に展示される「世界及日本図屏風(世界図)」(複製)である。
原品: 文禄元年(1592年)以降に制作されたと考察されている。同博物館蔵。
同屏風の説明パネルには概略次のことが記されている。
世界図と日本図で構成される「八曲一双(はっきょくいっそう)」(八枚折り屏風1ペア)
の地図屏風である。同じような構成をもつ地図の屏風類型は他でも見られるが、本資料はその中でも最古の類型に
属するものの一つである。書き込まれた地名から、豊臣秀吉が朝鮮半島に出兵した文禄・慶長の役以降に
制作されたものと考えられる。
地図の中心にはヨーロッパが置かれており、日本は「極東」の島国として描かれる。
図中には山河などの自然地形の他に、教会と思しき建物や船の航路などが書き込まれている。
特に航路の起点がポルトガルであることから、本資料の原図は同国からもたらされたと考えられる。
また朝鮮半島付近に書き込まれた「おらんかい」は秀吉の出兵後に知られた地名であることから、本資料の制作時期を絞り込む
うえでの重要な手がかりになっている。
図中で最も関心を引く事柄の一つとして、南北アメリカ大陸の中央部の中米地峡辺りに海の通路=海峡が描かれ、よって南北両大陸が分離
されている。しかもポルトガル辺りから一本の航程線が引かれ、その海峡を通過するように描かれている。
南北大陸の分離描写について: 原図制作者は南北大陸は陸続きであることを認識しながら意図的に大陸分離を作図したのか、
それとも分離していることが真実であるとの認識の下に作図したのか。
あるいは、カリブ海の島嶼を描く一方で、島嶼と地峡(南北大陸の接点)との連関性は不詳としつつ、個人の期待と想像をもって
「海の通り道」があるものとして描写したものか。
ポルトガルで描かれたという原図の制作段階において、現在の南北大陸接合部辺りが「地峡」ではなく「海峡」として
描かれたことの真意はいかに、またいずこの情報源によるものであるか、関心と好奇心をもって探求してみたい。
1. 屏風八曲・世界図全体。 [拡大画像: x29299.jpg]
2. 南北大陸が完全に分離され、かつ航程線が描かれる。
3. アラビア半島、紅海、ペルシャ湾、アラビア海、インド亜大陸の他、インドシナ半島と中国大陸
(大明)が混然一体となって描写される。大明の右上方に「高麗」らしき地名が見て取れる。日本の本州には
琵琶湖が描かれる。 [拡大画像: x29352.jpg]
[撮影年月日:2024.06.11/場所: 福井県立若狭歴史博物館/小浜市]