画像1・2は高知県東洋町の甲浦(かんのうら)港が所在する小湾(入り江)の寸景である。訳あって、甲浦港に寄り道するため国道
55号線からそれた。
同港は主に漁船基地として使用される。港は小規模だが奥行きの深い入り江内にある。入り江は「人」という
漢字を逆さにしたような二又の地形となっている。入り江の沖には「竹ヶ島」をはじめ、幾つもの小島や岩礁が湾口を
塞ぐように散在している。画像はその湾口付近から枝分かれする港内風景を切り撮ったもので、二又になっているのを見て取れる。
(画像1は二又の入り江の一つ。画像2は、同じ撮影位置から少し右方に目を転じた時に見るもう一つの入り江である。)
雑記: 思い出を辿る
幼年の頃の記憶を辿れば、小学生3、4年生の頃(1957~8年頃)、祖父母に連れられて兄と私の4人で室戸、高知へ旅した。
関西汽船の定期船で大阪・天保山から船出し、四国東海岸にある甲浦(高知県)で下船した。船が甲浦に到着したのは深夜の暗闇の中
にあった。船から甲浦の港の灯りがまばらに見たという、曖昧な記憶があるが、それも錯覚かもしれない。加えて、
港についての記憶は全くない。子ども心に、灯りが殆ど見えないこんな片田舎の港町に船は辿り着けるものだと、航海術の凄さに
大いに感心したことを憶えている。
船は何故か港の岸壁には着岸しなかった。船は暗闇の中沖合に停泊し、乗客は岸からやって来た艀に乗り移り、岸壁まで運ばれ接岸先の
階段を使って陸(おか)に上がったような気がする。全く可笑しなことだが、どの辺りのどんな岸壁であったか、旅を思い出すたびに
その岸壁のことが思い出され気になっていた。今回(2024年11月中旬)四国東海岸沿いに神戸から明石海峡大橋を経て徳島から室戸・
高知までドライブした折、甲浦に立ち寄り何がしかの記憶を手繰り寄せたかった。
甲浦港は奥行きの深い入り江の中にあった。入り江の湾口沖には「竹ヶ島」や極小の島、幾つもの岩礁
などがあった。現地を訪ね当時のことを想像するに、恐らくは、深夜暗闇の中で狭い湾内に入港し、岸壁に着岸するにはリスクがあり、
また湾内で回転する水域も余りに狭く、さらに着離岸に時間も要することなので、定期船は沖泊していたに違いないと見て取れた。
当時は港周辺の様子がどうなっているのか何一つ理解できていなかった。
下船後のこと、路線バスで室戸岬や高知までどう旅したのか。何をもって岬や高知にどう辿り着いたのか記憶にない。ただ、
高知城をバックに家族4人が写っている、随分色あせた白黒写真をアルバムで見たことがある。「桂ヶ浜」の坂本龍馬像を見上げた
という記憶が、かすかなに残るような残らないような曖昧さにある。2024年の今から約65年ほど前のことである。
[撮影年月日:2024.11.11/場所: 高知県東洋町甲浦(Kannoura)港が所在する入り江の湾口からの寸景]