画像1・2は、蒲郡市立博物館に展示される打瀬網(うたせあみ)漁船の模型である。画像3は打瀬網漁船と竹島(蒲郡市街地中心部の南方
地先に浮かぶ小島)の古写真である。
画像3に添付される「明治初期の竹島」と題するキャプションには次のことが記される。観光写真に表われた最初の頃(明治後期)の
竹島である。大鳥居も、本土から島に架かる橋もない頃であった。船は打瀬網漁船で、当時は湾内漁業が主であり、この種の漁船
に拠った。帆は当地方特産の三河木綿である。
画像4には「形原港(かたはらこう)に停泊中の打瀬船(うたせぶね)(戦前)」と記される。形原港は蒲郡市街地中心部から南へ数kmの
距離にある。
画像5には、「三州形原名所 沖ノ漁船 文化堂発行」と記され、多くの打瀬網漁船が写る。
6
打瀬網漁業のイメージ図(出典:知多市民俗資料館発行の「打瀬船」より)
打瀬船模型に添えられるその他の展示説明パネルには、「打瀬船は、江戸時代末頃から昭和初期まで使われていた底引網漁法の船である。
打瀬漁法は、帆に受ける風や潮流を利用して、船を風下に流し(打たせ)ながら網を引いた。展示する船(岡田藤松氏作成、10分の1模型)は、
明治20年代頃の物で、西洋式の帆と舳先に特徴をもつ改良型で、船足が早く、風上へ向かっての帆走が容易で、主に
蒲郡地区で造られ、「愛知県船」とも呼ばれた。このような性能の良い打瀬船の出現によって、沿岸漁民との間に争いが起こる
こともあった(三州打瀬網事件 -明治19~29年-)」と記されている。
[画像1~6の撮影年月日:2024.12.21/場所: 蒲郡市立博物館]
1. [拡大画像: x29402.jpg]
2. [拡大画像: x29403.jpg]