九州北岸の博多湾内に浮かぶ「能古島(のこのしま)」。島の大きさは南北3.5km、東西2㎞で、山の最高位は195メートルである。
フェリーが姪浜(めいのはま)のフェリーターミナルと能古島との間を行き来する。
博多湾は、古来より多くの史実を刻んできた。例えば、13世紀の蒙古来襲、西暦57年後漢の光武帝が日本の奴国王に贈った金印の発見
(金印の鑑定は江戸時代の1743年/寛保3年から1814年/文化11年に生きた亀井南冥(かめいなんめい)による)、千石船廻船集団の
活躍、敗戦後における海外からの邦人の引揚げなど。博多港での引揚げ者数は139万2000名で、その邦人数は最大規模であった。
因みに、奈良時代(710~784年)には九州北部沿岸を警護する兵士である防人(さきもり)が置かれ、日本に現存する最古の和歌集
である「万葉集」にも詠われてきた。また、能古島は江戸時代(1603~1867年)に黒田藩の鹿の猟場となった。また、五ヶ浦廻船
(小型貨物船)の浦の一つとして繁栄の歴史を刻んだこともあった/The Nokonoshima Island prospered as one of the inlets for the Gokaura-Kaisen (small cargo vessels.
同島には「能古博物館(Noko Museum)」があり、五ヶ浦廻船のことや同船の模型を巡覧したくて訪れたが、冬期休館中であることを
知らずして同島に渡ってしまった。結局島には長居せず、折り返しのフェリーで本土に戻った。いつしか機会をみつけて再訪島したい。
同博物館は冬期にあっては休館中であり、2025年2月21日(金曜日)から開館の予定。開館日:金・土・日・祝日のみ。ホームページ: http://www.nokonoshima-museum.or.jp/電話: 092-883-2887
画像1,2の出典: 能古島フェリーターミナル前に立つ博物館案内板より。
[撮影年月日:2025.02.11/場所: 能古島フェリーターミナルとその界隈にて]
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姪浜フェリーターミナルに停泊中のフェリーから能古島を臨む。右側の小島は「志賀島」。写真には写っていないが
そのすぐ右側には「海の中道」が連なる。