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画像1・2はかつての矢橋港の石積突堤の遺構である。画像3は航行する船に便宜を図っていた、石積台場上に築かれた常夜灯である。
草津市が遺構中に建てた案内板(画像5)には次のように刻まれている。
「……(前略)…… すなわち、本港(矢立港)は、奥行約90米、幅約65米の規模で琵琶湖に開口するもので、港内に湖中へ突き出す
2基の石積突堤と、港湾南端から湖岸に平行して築かれた石積突堤1基を配し、各石積突堤間を船着場、船入、船
留などに充てている。また港湾北側の石積台場上に常夜灯を建て、航行する船の便宜を図っている。
……(中略)…… 本港の遺構は古代より展開されてきた琵琶湖の水運と近江八景「矢橋の帰帆」の歴史を凝集した唯一のものであり、
歴史的価値の髙い史跡と思われる」
画像1の右手後方に現在の矢橋港の船溜りが在する(画像6参照)。矢橋の石積突堤址周辺はかつて
は琵琶湖に通じる矢立港であったが、現在は埋め立てられ遺構だけが遺されている。
通りかかった70歳代の村民は、子どもの頃は今ある石積突堤際まで湖水が迫りよく水遊びをしていた、と感慨深気に語ってくれた。
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「矢橋の帰帆」の原画(中神良太氏寄贈)
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「矢橋の帰帆」の絵図。 [拡大画像: x29429.jpg]
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画像5: 遺構案内板。 [拡大画像: x29428.jpg]
画像6: 琵琶湖に面する現在の矢橋港の船溜り。湖水をはさんで手前の低く平たい島は「矢橋帰帆島」。
背後の高い山は比叡山の連なり。帰帆島域は琵琶湖の最南端部に当たり、琵琶湖から流れ出る唯一の河川・瀬田川の流頭部に近い。
瀬田川は宇治川となり、さらに淀川に合流し大阪湾へと繋がる。
[撮影年月日:2025.04.03/場所: 琵琶湖畔の「矢橋の石積突堤址」にて]