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一枚の特選フォト「海 & 船」

One Selected Photo "Oceans & Ships"

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琵琶湖疏水(その1)/蹴上船溜とインクライン
[琵琶湖疏水断面図・インクライン構造縦断面図含む]

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  明治23年に竣工した琵琶湖疏水(Lake Biwa Canal)は、大津の琵琶湖取水口から、大津閘門、第1・諸羽・第2・第3トンネル(隧道) を経て、京都の「蹴上船溜(けあげふなだまり)」に至る。その後、疏水は「疏水分線口」を経て、「蹴上インクライン(傾斜1/15)」に沿って 地下を流れ下り、「南禅寺船溜」へと至る。

  画像1は蹴上船溜の現在の寸景である。画像2は「インクライン(傾斜鉄道)」の途中に展示される船舶運搬用台車である。 建設当初は水車動力でドラム(巻上機)を回転させワイヤーロープを巻き上げてレール上の台車を昇り降りさせる設計であった。 だが、「蹴上水力発電所」の完成によって電力使用に設計変更された。台車を昇降させる仕組みとして、画像3のように、直径3.6mのドラムを35馬力(25kw)の直流電動機によって回転させ、直径約3㎝のワイヤーロープを巻き上げていた。蹴上船溜の水中部には直径3.2mの水中滑車(画像1の左端 に写る滑車)を水中に設置していた。

  画像3のインクライン構造縦断面図に示されるとおり、蹴上船溜の水中滑車と、南禅寺船溜のドラム(巻上機)の間にループ状に張った ワイヤーロープを回転させることで、船を積載する台車を昇降させた。後に水車動力に替えて電動機が使用され、その電気は疏水を利用した 水力発電によって供給された。

  蹴上船溜から南禅寺船溜までの延長は約582メートルである。両船溜の落差は約36メートルある。インクラインはレールを4本敷設 の複線式傾斜鉄道となっていた。高低差のある両船溜間で、旅客・貨物を載せ替えることなく水陸一貫輸送することを可能にした。

  画像2に写る木造和船は、明治から昭和にかけて疏水を行き来したいわゆる「三十石船」で、滋賀と京都との物資(例えば、米、薪炭、 醤油、酒など)を盛んに輸送した。 [出典&参照:画像1・2展示施設の公式案内板より]

3 [拡大画像: x29430.jpg]

4 [拡大画像: x29431.jpg]

    [撮影年月日:2025.04.04/場所: 琵琶湖疏水/京都の蹴上船溜・インクラインにて]

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