名古屋・中川運河と堀川を繫ぐ「松重閘門」/実写真&古写真
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「松重(まつしげ)閘門」への東側入り口前に広がる回頭・船溜まり水域。同水域の手前には堀川が左右(南北方向)に伸びる。
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閘室(手前の緑地部分; 現在は一部埋め立てられている)に架かる「南北橋」から中川運河方面を臨む。
閘室をはさんで閘門扉を上げ下げする2組のツインタワーが建てられている。
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「完成当時の松重閘門(昭和7年) 名古屋港管理組合提供」と記される。「東洋のパナマ運河 松重閘門」と題して、名古屋市によって
「南北橋」の袂に建てられた史跡案内板より。
8.
「松重閘門」の仕組み。同上史跡案内板より。閘室内の水位を中川運河と同じ水位まで下げてから船は出て行く。観音開きではなく
鉄製の扉を上下させて開閉する方式である。同上史跡案内板より。
名古屋市中川区中の「中川運河」は1926年(大正15年)に着工され、1930年(昭和5年)に一部が開通した。その後
1932年(昭和7年)になって全線が開通した。また、同1932年に「松重運河」も開通した。
「堀川」での通船運行をスムーズにするために、堀川から中川運河へ渡り出て名古屋港へと運んだ。
堀川と中川運河の水位が異なるために閘門(Lock、ロック)を建設して、水位を調整し
船舶の通航を可能にした。
運河での船舶往来は1964年(昭和39年)にピークを迎えた。そして、貨物輸送は船舶からトラックへと陸運が主体となった。
なお、運河は1976年(昭和51年)に使用停止となった。
[撮影年月日:2025.06.05/場所: 名古屋市中川区の中川運河と堀川を繫ぐ重松閘門にて]
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7.
名鉄「山王駅」前の市街地案内図。→ 拡大地図
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