JR参宮線・近鉄志摩線の「鳥羽」駅裏手に日和山があって、方位石はその山頂見晴らし台(展望台)に設置されている。
日和山麓の登り口に設置されている観光案内板によれば、大きさは高さ65㎝、直径48㎝の八角形の石柱で、上面に十二支の文字が刻まれる、とある。
全国で最初に方位石が設置されたのは、鳥羽のこの日和山といわれているが、画像に写る現存のものは2代目・1822年(文政5年)
のものである、と記される。鳥羽の港はかつて風待ち港・避難港として用いられ栄えた。
鳥羽市教育委員会によって建てられた、日和山山頂の「日和山の方位石」と題する案内板に記されているところをほぼ書き写せば
次の通りである。
・ 鳥羽湾奥に位置する鳥羽港は、明治中期までの帆船時代に風待ち港あるいは避難港として栄え、船頭がここから明日の天気を読む
ために日和山に登ったと伝えられる。湾を一望できる位置にある。
・ 方位石は神戸の御影石で、八角柱の基石上に円形の方位盤を乗せている。高さ65cm、うち円形方位盤の厚さは10㎝、円形の直径は48㎝。
盤面には四方と十二支による方位が刻まれ、側面には次の刻字がある。
南西面: 文政5年壬午(みずのうえま)2月 石工 平吉。西面: 摂州灘 樽廻船中。
・ 八角柱部分は、四方・十二支の上部に対し、易経(えききょう)に基づくもので、「坎(かん)」(北)・「昆(こん)」(北東)・
「震(しん)」(東)・「巽(さん)」(南東)・「離(り)」(南)・「坤(こん)」(南西)・「兌(だ)」(西)・「乾(けん)」
(北西)を示している。八角十二支の形のものは全国的にも珍しく、その大きさも類がない。
・ 刻字の通り、1822年(文政5年)のものであるが、1797年(寛政9年)に刊行された「伊勢参宮名所図会」にも方位石の
存在が記録されていることから、現在のものは2代目と考えられる。
・ 伊豆下田に1663年(寛文3年)のものが記録されているが、初代の鳥羽日和山方位石はそれより更に古く、最古のものとする説もある。
日和山は鳥羽に寄港した廻船の船頭が明日の天気を読むために登った山である。方位石の近くには「無線電話発祥記念碑」も建てられている。
頂上広場には1822年(文政5年)に灘の樽廻船中が寄贈した、十二支が刻まれた八角の方位石が遺る。
[撮影年月日:2025.8.2/場所: 鳥羽市・鳥羽駅裏手の日和山展望台にて][拡大画像: x29437.jpg: 日和山山頂の「日和山の方位石」案内板]