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1. 古墳時代中~後期頃の難波 (なにわ) の地形図。難波は上町 (うえまち) 台地の北部に位置する。河内湖は奥行きの深い内浦であり、
大阪湾とは狭い水路で結ばれていた。淀川は河内湖と大阪湾の双方に流れ込んでいた。縄文・弥生時代での河内湖の面積はもっと広かった。
[拡大画像: x26238.jpg:年代別の難波周辺地形図] [拡大画像: x26239.jpg]
2. 7世紀中期~8世紀後期にかけて難波京、藤原京、あるいは平城京が置かれた時代の地図。
難波京の北側に内浦と大阪湾とを結ぶ水路・難波堀江が見える。堀江は古墳時代中頃 (5世紀) に開削されたとされる。
[拡大画像: x26245.jpg]
画像1&2: 大阪歴史博物館展示。
辞典内関連サイト
・ 難波津(なにわづ):「八軒家の歴史 7~8世紀頃この辺りに難波津があり、遣隋使・遣唐使が
ここから旅立ちました。 ………」
・ 日本の海洋博物館
・ 世界の海洋博物館
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