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画像は16世紀後半の「おおさか」を北から南の方向に俯瞰し風景を再現した地図である。
「おおさか」という地名は当初「上町(うえまち)台地」(画像左中央) へ登って行く坂を意味したと考えられている。渡辺津 (わたなべのつ) と
そこから南の方向へのびる熊野街道があることで、「おおさか」は交通の要衝として重要な役割を果たした。
その街道沿いを中心に集落が点在している。
[地図説明] 画像下部に、淀川が大阪湾に向け右方向へ流れ下る。その淀川の中央部両岸にある集落のうち、手前の集落が天満宮で、
その対岸に難波津がある。その渡辺津から2本の街道がのびるが、左側のそれが熊野街道である。その街道の左側沿いに上町台地が広がる。
難波津のすぐ左上方に見える大集落が大坂本願寺であり、その先の最上部に四天王寺が記される。平野の集落は
最左上部にある。
* 上町台地の先端部に、浄土真宗の大坂本願寺が成立したのは天文(てんぶん)2年(1533年)であり、それを核に寺内町 (じないまち) が生まれた。
[2012.10.8 大阪歴史博物館にて][拡大画像: x26240.jpg][拡大画像: x26241.jpg:説明書き]
辞典内関連サイト
・ 大阪・八軒家浜
の船着き場跡 [大阪・天満橋]
* 11~15世紀ごろ、現在の天神橋付近は渡辺津と呼ばれ、 港として熊野参詣に利用されていたため、熊野古道 (世界遺産に登録) の起点として
有名になった。
* 難波津(なにわづ):「八軒家の歴史 7~8世紀頃この辺りに難波津があり、遣隋使・遣唐使がここから旅立ちました。 ………」
・ 日本の海洋博物館
・ 世界の海洋博物館
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