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米国人ノーベル文学賞の受賞作家アーネスト・ミラー・ヘミングウェイ(Ernest Miller Hemingway、1899-1961)は、米国フロリダ半島南西沖
にある港町キー・ウェスト (Key West) に12年間ほど暮した後、1939年、キューバのハバナに生活拠点を移した。
同年から1960年までの21年間(彼の生涯のほぼ3分の1)をキューバで過ごした。
ハバナの旧市街にある⌈ホテル・アンボス・ムンド Hotel Ambos Mundos⌋を定宿にしていたが、ハバナ郊外の
サンフランシスコ・デ・パウラ(ハバナの東方14㎞ほどにある)という小漁村近くの丘の上に建つ大きな屋敷に移り住んだ。
彼の邸宅は「フィンカ・ヒビア Finca Vígia」として知られる (ビヒアとは望楼、フィンカとは別荘のことで、望楼のある別荘という
意味である)。

ヘミングウェイは愛艇の「ピラール号」を、近くの漁村コヒマル(Cojímar)に碇泊させるとともに、愛艇に乗ってマーリン (marlin,
マカジキ) などの大物を追いかけて、湾流(ガルフ・ストリーム)の流れるフロリダ海峡へと数え切れないほど出かけた。
愛艇の船長はキューバ人のグレゴリオ・フエンテス(Gregorio Fuentes)であった。彼はグレゴリオに全幅の信頼を寄せた。
彼にとってグレゴリオは船長であるとともに、よき話し相手、飲み友達であった。
ヘミングウェイ自身の湾流での大物釣りの実体験、グレゴリオとの長く深い交わり、そしてコヒマルの漁師たちとの交流などの
全てを結実させたといえるのが、彼の傑作「老人と海」(The Old and the Sea; El Viejo y el Mar)である。彼はそのフィンカで書き綴った。
1954年、ノーベル文学賞を受賞するにいたる。
彼の死後、遺言により邸宅、愛艇などすべてがキューバ政府に寄贈され、現在はヘミングウェイ博物館となっている。現在、敷地内
にはピラール(聖母マリアの名前)号が保存されている。フィデル・カストロやチェ・ゲバラらによるキューバ革命が成就した1959年1月の
2年半後の1961年7月、ヘミングウェイは母国アメリカにてライフル銃にて自ら命を絶った。グレゴリオは2002年104歳にてこの世を去った。
画像は邸宅敷地内に保存され、公開されている愛艇ピラール号である。
* アーネスト・ヘミングウェイ略史
* ピラール(Pilar): スペインのサラゴサに祀られる聖母像が大理石柱の上に立つことから、その聖母像はピラール (スペイン語で柱、
支柱、大黒柱などの意味がある) や聖母ピラール(Nuestra Señora del Pilar)と呼ばれ、スペインの女性の守護者の一人である。
[2015.2.2-17 カナダ&キューバの旅/博物館訪問 2015.2.11/2015.03.22 記][拡大画像: x26675.jpg][拡大画像: x26681.jpg]
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