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日本の海運および造船業界は、第二次大戦の結果壊滅的打撃を被ったが、その再建・復興を期して、政府の後押しを得ながら1947年
(昭和22年)から計画造船を進めた。その第8次計画造船で、政府は貨客船1隻を建造することとし、これを大阪商船に割り当てた。
これが二代目の「さんとす丸」であった。戦後初めて建造された外洋型の貨客船でもあった。
さんとす丸は三菱神戸造船所で1952年(昭和27年)12月に竣工し、大阪商船の移民船復活の第一歩を記すことになった。
さんとす丸は竣工後まもなく、ブラジルのアマゾンへの移民54名を乗せて神戸港を出港した。当初は戦前と同様に西廻り南米航路に
就航していた。しかし、1953年(昭和28年)からはパナマ運河経由の東回り南米航路に回った。
南米移住は1950年代後期から1960年代前期にかけて最も盛んとなったが、その後日本は高度経済成長期第一次にさしかかり、南米移住は
下降傾向をたどって行った。1971年(昭和46年)5月、最後の移民船ぶらじる丸が神戸港を出航して行った。
そして、さんとす丸は、1974年に台湾の船会社に売却され、1976年には高雄で解体された。
[画像撮影 2016.5.28 旧神戸移住センターにて][拡大画像: x27194.jpg]
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