画像は1958年に就役した南米移民航路船「あるぜんちな丸」(Argentina Maru)を描いた絵皿である(寄贈: 山根一眞氏と記される)。
「ぶらじる丸」とは姉妹船である。
大阪商船は、戦後1952年(昭和27年)にサンフランシスコ講和条約が発効したことから、南米への貨客船航路を復活させるため、
政府の進める計画造船(第8次)において二代目の「さんとす丸」(8,280トン) を建造し、就航させた。だが、その積載力において
十分なものとはいえなかった。
1954年(昭和29年)の第9次計画造船 (後期) において「ぶらじる丸」(10,100トン)を建造した。この船の姉妹船として建造されたのが、
同じく二代目に当たる「あるぜんちな丸」である。1957年(昭和32年)三菱神戸造船所で起工され、翌年4月に竣工した。
これによって南米移住の貨客船隊は大いに強化されるにいたった。
1958年(昭和33年)5月、「あるぜんちな丸」は、ドミニカ共和国への移民174名、ブラジル移民540名、パラグアイ移民134名、
その他乗客224名を乗せて、神戸港から処女航海の途に就いた。
1972年(昭和47年)に、あるぜんちな丸は、「にっぽん丸」(初代) と改名され、クルーズ船として運航した。
そして、1976年(昭和51年)に売却され、台湾へと回航され高雄にて解体された。(参考: Wikipedia・あるぜんちな丸)
[画像撮影 2015.5.28 旧神戸移住センターにて][拡大画像: x27191.jpg]