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1858年(安政5年)、日米修好通商条約を皮切りに、オランダ、ロシア、イギリス、フランスと同様の条約(安政5ヶ国条約)
が締結され、函館 (箱館)、横浜 (神奈川)、長崎、新潟、兵庫の5つの港の開港が取り決められた。
そして、1868年(明治元年)1月1日(慶応3年12月7日)、幕府は兵庫港 (1892年に神戸港に改称する) を開港した。
画像は「摂州神戸海岸繁栄図」と題される図絵である。和船の他、洋式帆船や外輪蒸気船などが停泊し、海岸沿いには洋館が建ち並び、
和服姿の日本人に混じっていろんな外国人が岸辺を行き交う。図絵には、異文化との交流にともなう活気、賑わい、
華やかさ、繁栄ぶりが溢れる。開港後4年余りの神戸の新しい時代の幕開けを見てとれる。
キャプションには、「1872年頃の開港場神戸の賑わいが描かれている。
世界各国の人々の様子を見てとれる。(長谷川小信作、池永孟「邦彩蛮華大宝鑑」、創元社、1932年)」と記されている。
[画像撮影: 2015.10.14/神戸・華僑歴史博物館(Kobe Overseas Chinese History Museum)にて]
[拡大画像: x27297.jpg]
[参考]神戸・移住センターにも、明治初期の神戸が繁栄する情景を思い描いたこの「摂州神戸海岸繁栄之図」
の展示がある。そのキャプションには、長谷川小信(二代貞信)1871 (明治4) 年/神戸市立博物館
View of the Coastal Prosperity in Sesshu Kobe, Konobu Hasegawa (Sadanobu II), 1871/©Kobe City Museum、
と記される。長谷川小信の読み:はせがわこのぶ。 [2016.5.28 華僑歴史博物館・移住センター再訪]
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