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画像は埼玉県大宮 (現在・さいたま市) の「武蔵一宮 氷川神社」境内に建つ戦艦武蔵の顕彰碑である。そして、氷川神社は
強運の船・氷川丸 (横浜・山下公園前に係留される) とつながる。
盛夏の7月になると全国高校野球選手権大会(いわゆる夏の甲子園野球大会)に出場する埼玉県代表校を決める県大会が行われる。
過去20年くらい恒例にしてきたこととして、地元の川口市営球場をはじめ、大宮市営や大宮県営球場などに出かけて、
毎年4~7日間ほど、朝から1~3試合を観戦する。勿論クライマックスは準決勝、決勝戦である。
今年も4日間球場に出向いて球児たちの熱いドラマを楽しんだ。甲子園で埼玉県代表が敗退すると自身の夏が終わってしまったような気分になる。
観戦後は決まって大宮公園に隣接する氷川神社の境内を通って家路につく。樹木に覆われ森林浴ができる境内や
参道を歩くと、何となく心が落ち着く。境内から参道に通じる鳥居の手前で、今年初めて気づいたことがある。
巨大な石に刻まれた「戦艦武蔵」の顕彰碑が据えられていたのが目に留まった(建立は昨年の2015年の10月となっていた。故に、昨年の
県大会の折りにはまだ建立されていなかった)。碑を画像に切り撮り、「海と船の特選フォト」にアップすることにした。
また、境内には一枚の宣伝ポスターが貼られていた。それによれば、湘南新宿ライン(大宮から横須賀まで一本の路線で行ける)が
開通したのをさらに喧伝し、また大宮と横浜とのつながりを盛り上げるために、横浜・氷川丸と大宮・氷川神社との
スタンプラリーが催し中であるという。
因みに、戦前に建造された氷川丸は戦中、戦後の幾多の苦難の航海を乗り越えてきた強運の歴史をもつ。
氷川丸の船名はこの氷川神社に由来している。船内には氷川神社の神紋である「八雲」を見ることができる。
戦艦武蔵の顕彰の碑には次のように刻まれている。
「戦艦武蔵は世界最高技術を駆使し、大日本帝国海軍が建造した最後の戦艦である。
パナマ運河幅の制限から、40㎝(16インチ)を超える主砲を持つ戦艦を建造できない米海軍の弱点に注目し、
主砲46インチ砲三連装砲塔三基を搭載した世界最強かつ最大の戦艦として建造された。武蔵誕生に
到るまでには多くの技術的困難があり、関係者の苦労は並大抵のものではなかった。また、海軍の
指示により建造造船所である三菱重工業は、所員に対する緘口令等、建造秘匿の徹底を図った。
昭和17年8月5日に広島県呉で行われた竣工式には、氷川神社より6名の神職が出港し、式が厳しく
執り行われた。艦内神社には、氷川神社が分祀され武蔵神社と命名された。
昭和19年10月17日「捷一号」作戦発令により、日米両海軍の主力が艦隊決戦を行なわんとフィリピンレイテ沖を目指した。
武蔵は米海軍の航空攻撃を一手に引き受け、10月24日シブヤン海に没した。同作戦により戦艦武蔵の乗員
1319名戦死、生存者1329名もマニラ防衛戦等に投入され、最終的に祖国の土を踏めた者は430余名と言われている。
ここに戦艦武蔵を顕彰し、碑建立に協賛、賛同するものである。
平成27年10月24日建立 戦艦武蔵顕彰会」
[画像撮影: 2016.07.31 大宮・氷川神社にて][拡大画像: x27288.jpg][拡大画像: x27289.jpg: 戦艦説明書き][拡大画像: x27290.jpg: 神社説明書き]
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