[参考 1] 「賄い部屋」と題する説明パネルには次のように記されている。
「「吉備大臣入唐絵詞」などの遣唐使船の絵には、甲板の上に三つの屋形があります。船尾の屋形は遣唐大使の部屋として、
真ん中の少し小型の屋形は竈(かまど)を据えて火を扱っていたのではないかと想像しています。
遣唐使船では航海中に何を食べていたのか正確な記録はありませんが、1日あたり干飯(ほしいい)(ご飯を乾かしたもの)
1升と水1升を支給した記述がありますから、これが主食でそれに何かの干物などを食べていたと考えられます。
干飯に水をかけてもなかなか柔らかくなりません、多分お湯を沸かして皆に配ったのでしよう。
航海中に火事を出した記録もあります。夜に明かりを灯したのかもしれませんが、お湯位は沸かしたと思います。」
[参考 2] 「遣唐大使の部屋」と題する説明パネルには次のように記されている。
「帆船では船尾に近い所に位の高い人の部屋を設けていました。この遣唐使船でも、三つある屋形の一番
後ろの屋形が遣唐大使の居室だったのではないかと思います。大使は高位の貴族であったため、大使だけは一人で一つの
居室を使っていたでしよう。
ただし、三つの屋形とも甲板の下に空気や光を入れるため甲板を大きく切り抜いていたはずですから、少なくとも
昼間は明り取りのために蓋を開けていたに違いありません。そう考えるとたいして広かったとは言えないかも知れません。
絵巻物ではこの上に太鼓を描いている絵があります。艪(ろ)を漕ぐ時に太鼓を叩いて合図したのでしよう。
頭の上で太鼓を叩かれてはと少々気の毒になります。」
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