海洋総合辞典 Comprehensive Ocean Dictionary, 特選フォト・ギャラリーPhoto Gallery, 常夜灯, 福山・鞆の浦Tomonoura, Fukuyama

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一枚の特選フォト「海 & 船」

One Selected Photo "Oceans & Ships"

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    鞆の浦・常夜燈 (2)

    広島県・福山市・鞆の浦の船着き場に建つ常夜燈。階段状の施設は「雁木」(がんぎ)と呼ばれる、船荷の積み 降ろし施設である。ロープの先は、円柱状の石造りの係船柱に繋がれている。

    広島県・福山市・鞆の浦の港岸壁に立てられた名所案内パネル「龍馬と鞆の浦」にはこう 記されている。

    「今から約140年前、慶応3年4月23日午後11時頃長崎に向かっていた紀州和歌山藩の藩船「明光丸」と武器 などを積載し大阪へ向かう途中の龍馬率いる海援隊が乗船した「いろは丸」が衝突。
    大型船に衝突され大破したいろは丸を明光丸が曳航していたが鞆沖の宇治島沖で積荷もろとも沈没した。
    龍馬達いろは丸乗組員は、完成して間もない常夜灯を目印に鞆の浦へ上陸した
    上陸した龍馬は今も当時のまま残されている回船問屋「桝屋」の隠し部屋へ身を潜めます。
    龍馬は紀州藩との交渉を鞆の浦滞在中に数回していますが、その中のひとつが朝鮮通信使もその景色を絶賛 した「対潮楼」です。
    龍馬が訪れた頃の対潮楼は海岸沿いの断崖絶壁の上にありましたが、そこから見える弁天島や仙酔島は今も 当時のままの景色を残しています。」 [注]慶応3年は西暦1867年に当たる。
    [2010.09.鞆の浦にて][拡大画像: x22872.jpg]



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    1. 画像左上の白壁の建物は「いろは丸展示館」。 海底から引き揚げられた遺品、沈没状況や発掘調査の様子などが 展示されている。画像には写っていないが、展示館の左後方に常夜燈が建つ。階段状の施設は「雁木」(がんぎ)と呼ばれ、船着場の 用をなす。その中央に石造りの係船柱も見える。 [拡大画像: x22873.jpg]

    2. [拡大画像: x22923.jpg]

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    3. 観光案内パネルに記されているように、坂本龍馬らの「いろは丸」乗組員は「完成して間もない常夜灯を目印に鞆の浦 へ上陸した」とされる。江戸時代に船の出入を誘導する燈台の役目を果たしていた(高さ5m以上、基礎石3m以上の石造りの 塔)。安政6年(1859年)に建造されたが、老朽化がひどく1988年に修復されたもの。 [拡大画像: x22874.jpg]

    4. 「福山市鞆の浦歴史民族資料館」は鞆の港と市街を眼下に一望できる古城跡に建てられている。そこから見下ろした 常夜燈と街並み風景。まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような風景が広がる。まさに「江戸時代の鞆の海と街風景」を 切り取ることができる。 [拡大画像: x22924.jpg]

    辞典内関連サイト
    ・ 世界の海洋博物館
    ・ 日本の海洋博物館

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