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幕末維新の頃、海援隊を率いる坂本龍馬らが操船する「いろは丸」は紀州藩の「明光丸」と衝突し、瀬戸内の鞆の南方、
宇治島沖で沈没した。いろは丸乗組員らは「完成して間もない常夜灯を目印に鞆の浦へ上陸した」とされる。
画像の常夜燈は、江戸時代、船の出入りを誘導する燈台の役目、あるいは鞆の船着き場への導灯(guide light)の役目を
果たしていた(高さ5m以上、基礎石3m以上の石造りの塔)。常夜燈は安政6年(1859年)に建造されたが、老朽化がひどく1988年に修復された。
市街の小高いところにある「鞆の浦歴史民族博物館」から見下ろすと、江戸時代にタイムスリップしたかのような風景が
広がる。 「常夜燈のある、江戸時代の鞆の海と街風景」を切り取ることができる。
[2010.09][拡大画像: x22846.jpg]
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